「タレントマネジメント」とそれを支える「システム」の今後を読み解く~企業の経営戦略や競争戦略を人材像に落とし込む「タレントマネジメントシステム」を実現すべき

法政大学大学院 政策創造研究科 教授

石山 恒貴さん

「タレントマネジメント」とそれを支える「システム」の今後を読み解く~企業の経営戦略や競争戦略を人材像に落とし込む「タレントマネジメントシステム」を実現すべき

近年日本でも、「タレントマネジメント」に注力する企業が増え、それを支えるシステムやサービスも数多く提供されています。ただ、本格的に取り組んでいる企業がどれだけあるかと言えば、その数は多いとは言えません。どこに課題があるのでしょうか。また、今後「タレントマネジメントシステム」が日本でより定着していくためには、どのような進化が求められるのでしょうか。『日本企業のタレントマネジメント 適者開発日本型人事管理への変革(中央経済社)』の著者であり、タレントマネジメント研究の第一人者である法政大学大学院 政策創造研究科 教授の石山恒貴さんに、お話をうかがいました。

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石山 恒貴さん
石山 恒貴さん
法政大学大学院 政策創造研究科 教授

いしやま・のぶたか/一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了、博士(政策学)。一橋大学卒業後、NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。越境的学習、キャリア形成、人的資源管理等が研究領域。日本労務学会副会長、人材育成学会常任理事、人事実践科学会議共同代表、NPO法人二枚目の名刺共同研究パートナー、フリーランス協会アドバイザリーボード。著書に、『日本企業のタレントマネジメント』(2020年、中央経済社)、『地域とゆるくつながろう』(編著、2019年、静岡新聞社)などがある。

個性がより重要になり、「タレントマネジメント」の注目度が高まる

「タレント」や「タレントマネジメント」の定義を石山さんはどのように捉えていらっしゃいますか。

著書でも書きましたが、「タレント」とは天賦の才能を開発し続ける個人であり、在籍する組織の環境にフィットしている存在です。組織における全ての社員を「タレント」とみなすか、一部の社員だけに注力するかは、企業によって対応が異なります。

また、「タレントマネジメント」とは、タレントを発見・採用して成長してもらい、その会社で活躍し続けてもらうための仕組みです。ところが「マネジメント=管理」という言葉の解釈で、誤解されて捉えられることもあります。たとえば、ディストピア(ユートピアの反対語)的な捉え方であり、タレントを企業の利益のために徹底的に管理する、そのために「タレントマネジメントシステム」も管理のための見える化を目的として使用してしまう、という誤解です。しかし私は、タレントマネジメントとは、多様な個性を爆発的に開花させる取り組みであると捉えています。

「タレントマネジメント」が注目されている背景をお聞かせください。

実は「タレントマネジメント」は、20年も前から注目されています。個人の才能は企業の経営戦略や競争戦略に直結しているので、重要なのは当然のことです。ただ、日本では欧米ほどは注目されていませんでした。

高度経済成長時代や工業化社会では、少品種を大量生産する時代であり、同質的な個人による集団的な貢献が重視されていました。しかし、環境変化が激しく、プロダクトライフサイクルも短い現代では、個々の商品の特性や新しいアイデアが非常に重要です。そのため、働く人、タレントの個性がより重要になっているということだと思います。

近年の海外企業や日本企業の「タレントマネジメント」のトレンドをお聞かせください。

タレントマネジメントの初期の段階において欧米では、人事のマクロ的な施策に注目が集まっていてタレント個人のあり方というミクロ的な要素は、あまり注目されていませんでした。しかし近年は、個性あるタレントを活躍させる、あるいは成長させるためにはどうしたら良いかというミクロ的な要素に注目が集まっています。

日本では多様な個性や活躍するミクロな個人といった要素は、従来は捨象される傾向がありました。長期雇用が一般的であった日本企業においては、優秀な人がそれほど辞めないため、リテンションや個人の強みを伸ばすことなどに関心を向けにくかったのです。しかし、日本企業を取り巻く環境も変わってきています。あまり世代論を強調するとステレオタイプ的になってしまう問題があるものの、ミレニアル世代やZ世代では自分の強みや自分が社会に貢献したいことを重視し、そのためフィードバックや承認を求めるという特徴があります。

経験と勘を頼りデータを一元化してこなかった日本企業

日本企業の「タレントマネジメント」に関する課題をどのように捉えていらっしゃいますか。

日本企業の強みは、インフォーマルなOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)で長期的にキャリアが形成できることでした。つまり、10年・20年と長期にわたるローテーションをしながら緩やかに幅広い専門性を身に付けていきます。また、さまざまな部署を異動するなかで社内のさまざまな人と横断的に人的ネットワークを形成できます。この人材育成方法が現在は通用しなくなっているわけではありません。今でも強みであると言えます。

ただし、これは個人からすると長期間我慢しなくてはいけない仕組みでもあります。あるいは、同質的な人が幹部として量産される仕組みとも言い換えられます。なおかつ、人事部門からすると、タレントを自分の経験と勘でアセスメントすることができてしまうのです。人事部門が、長年在籍する社員と密に交流することで、社員たちへのアセスメントという観点の暗黙知が全部自分の頭の中に入っていて判断できてしまうので、「タレントマネジメントシステム」がなくても済んでしまうと思い込んでしまいます。

しかし人事部門の人の経験と勘に頼りきっていいのか、偏っていないのか、という疑問もあります。経験と勘は、そもそも検証することができないというデメリットもあります。

経験と勘を頼りデータを一元化してこなかった日本企業

石山さんご自身が国内大手と外資系企業に勤務されていたご経験から、国内企業と外資系企業の「タレントマネジメント」に対する考え方や捉え方がどのように違うのかをお聞かせください。

「タレントマネジメント」に対する捉え方は、全く違うわけではありません。基本は共通しているのですが、個人の強みや才能をどこまで重視するのかという点と時間軸は違いますね。日本の場合は、かなり時間軸を長めに考えます。外資系企業は逆です。どちらにも一長一短があります。「タレントマネジメント」がわかりにくいのは、唯一の最善解があるわけではないからです。多様な個性ある個人の才能を爆発的に開花させるやり方は多いので、どちらもあり得ると言って良いでしょう。

しかし、あまりにも経験と勘に頼り過ぎて、データを一元化せずにブラックボックスでやることには、課題も多いでしょう。日本企業の長期性や個々の暗黙知を見るという良い部分は残しながらも、同時にデータの一元化や見える化(形式知化)を併用する必要もあります。

システム導入のプロセスの違いはいかがですか。

ERP(Enterprise Resources Planning=統合基幹業務システム)にタレントマネジメントシステムが組み込まれ、その連結性が高い場合、個別企業の特徴をカスタマイズして取り入れにくい場合もあります。日本企業には、より柔軟にタレントマネジメントシステムを活用したいというニーズもあるようです。

アナログ的に、かつ実質的に暗黙知に迫れるデータ活用を

そのうえで、「タレントマネジメント」を実現するためのソリューションである「タレントマネジメントシステム」に期待できることをお教えください。

ここまで述べたように、日本の「タレントマネジメント」は、比較的長期間にわたってタレントを見る仕組みになっています。ある程度、暗黙知を生かしながらタレントをマネージできるメリットがあります。とはいえ、そこで経験と勘だけに頼ってしまってはいけないので、「タレントマネジメントシステム」でデータを一元的に集約して見える化(形式知化)することが必要になってきています。

ただ、人事データを収集さえすればいいというものではありません。表面的なデータの分析に満足することなく、集めてきたデータをしっかりと分析することが重要であり、そこに創意工夫の余地があります。まずは、データを一元化しなければなりませんが、それだけでは何の役にも立ちません。それをいかに実質的に工夫できるデータにしていくかが大事なのです。

本来は、社員が今までどんなプロジェクトを手がけ、どんな強みを発揮し、それをコンピテンシーとして働いていたのかという、アナログ的な情報を重層化して集め、活用していくことが望ましいです。こうしたアナログ的で、かつ実質的に暗黙知に迫れるデータを活用していくことが必要になってきます。

しかし、そうなると企業ごとにビジネスモデルや企業戦略、競争戦略が違うので、それぞれに求められる人材像を詳しく分析した上で、そういった人物を採用し育成して、リテンションする仕組みができていくと良いと思います。

もう一つの流れは、人的資本の開示への対応です。実は「タレントマネジメントシステム」はとても便利で、ISO30414などで求められているデータもかなり簡便に出せる工夫が今後進んでいくと思います。そこに、「タレントマネジメントシステム」の役割があると思っています。「当社の経営戦略はこうで、こういう人材を求めている。それに対して、こういう施策を展開し、これぐらい投資をして、それによって人材が活躍して経営戦略に貢献する」というロジックを立てた上で、そのロジックに関連する部分のデータを容易にアウトプットできる「タレントマネジメントシステム」は今後より求められていくと思います。

そのためには、ベンダーと企業の現場が直に話して、実質的に貢献できるシステムを作り込んでいくことが非常に重要になってきます。もしかしたら、日本企業の「タレントマネジメントシステム」のほうが、私が本日お話ししたことは実現しやすいのではないかと思います。

アナログ的に、かつ実質的に暗黙知に迫れるデータ活用を

「タレントマネジメントシステム」を提供する日本企業からは、「製品の差異化が難しい」との声も良く耳にします。

「タレントマネジメントシステム」が実質的に戦略人事に貢献できることを示せると差異化できます。その具体的な道筋がわかりやすい設計になっていると、その製品は強いでしょうね。

「タレントマネジメントシステム」のカスタマーは人事だけではない

「タレントマネジメントシステム」を提供する企業では、近年カスタマーサクセスに向けた取り組みを活発化させています。

この場合のカスタマーとは誰なのでしょうか。人事部門の人でしょうか。本当のカスタマーとは現場にいるタレントやその上司・同僚・部下かもしれません。そうすると、そもそも現場のタレントをより生かすためにはどうしたら良いかという点まで踏み込んでいく必要があります。実際には、現場のタレントと直接話すことは難しいので、現場のタレントを意識しつつ、人事部門の人たちと一緒に共同構築していくという視点が必要でしょう。

ベンダー側が人事部門の仕事や「タレントマネジメント」に関する理解を高めるには、どうすればいいでしょうか。

確かに、「タレントマネジメントシステム」を開発する場合には、IT技術者と人事施策の業務系知識に長けた担当とのコラボレーションが重要でしょう。

そのため、各ベンダーはコンサルティング力を持った営業やマーケティングの部門の強化に注力している状況だと思います。その場合、「タレントマネジメントシステム」をなじませるための導入支援のコンサルティングを行うだけでなく、導入企業で実際に起こっていることを「タレントマネジメントシステム」の本質的な企画の作り込みにフィードバックするというプロセスづくりが望ましいでしょう。

ミクロ的なタレントの才能を進化させてマクロに結びつける工夫が必要

日本や海外における「タレントマネジメント」の今後の展望についてお聞かせください。

人的資本の開示は良いことですが、人的資本経営が実現できていないのに情報だけを開示しても、意味がありません。結局のところ、経営戦略や競争戦略に個々のミクロ的なタレントの才能がつながっている、というロジックがなければなりません。

実は、それは難しいことです。経営戦略や競争戦略は企業のマクロ的な話で、タレントの個々の才能は、着目すればするほど一人ひとりの才能になるのでミクロの話になってきます。「タレントマネジメント」とはタレントのミクロな才能を突き詰めて進化させ、爆発的に開花させることをマクロにつなげることです。それだけに、ミクロ側に進化していったものをマクロにもっと結びつける工夫や、洗練性がさらに求められるようになっていくと思います。企業ごとの個別性もますます高まっていくのではないでしょうか。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

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