タレントマネジメントシステムの業界・市場

市場背景

1990年代のアメリカで提唱されはじめたタレントマネジメント。もともとの目的は、優秀な人材の発掘にありました。労働者が転職を繰り返すアメリカでは、企業は人材の育成よりも採用を重視していたのです。しかし、この考え方では従業員のモチベーションを維持できなかったことからタレントマネジメントのあり方が考え直され、適材適所への人員配置や優秀な人材のリテンションのためにも用いられるようになりました。

日本でも雇用形態の多様化や労働への価値観の変化が起こり、これまでの画一的な人材管理では対応できなくなってきたことから、タレントマネジメントが注目されはじめました。しかし、雇用慣行がアメリカとは違うため、タレントマネジメントを実施するには膨大な手間をかけなければならず、多くの企業で実現が困難な状態でした。

日本でのタレントマネジメントの普及を促進したのは、タレントマネジメントシステムの存在です。2010年代に入ると、外資系企業が日本でタレントマネジメントシステムを提供し始めたことを契機に、国内の企業もタレントマネジメントシステムを展開。大手企業を中心に導入がはじまりました。

日本でタレントマネジメントシステムが求められた背景は下記の通りです。

経営環境の変化の速さ

経営環境の移り変わりの速さは激しさを増す一方です。そのため、経営者は市場の変化をすばやく捉えたうえで、経営戦略や事業戦略を描く必要があります。人事部門はその戦略を実現するため、状況や局面に応じて必要な能力を備えた人材をスピーディーに採用・育成し、適正に配置しなければなりません。現在、優秀な若手の争奪戦は激化しています。また、人材の多様性の確保も企業の成長に影響を及ぼしています。従業員の離職を防ぐため、エンゲージメントを高めていくことも重要です。これら一連の課題に対し、企業には的確な対応を素早く行うことが求められるようになってきています。

働き方や人事評価の変化

日本においては、多様な働き方が広がっています。新型コロナウイルス感染症の影響によってリモートワークが拡大するなど、時間や場所を問わない働き方が一般的となりました。副業・兼業をする従業員が増え、契約社員や派遣社員、フリーランスなどのさまざまな雇用形態の人材が企業で働くようにもなりました。こうした状況の中、企業は従業員の画一的に管理することが難しくなっています。

また、かつては年功序列が機能し、勤続年数が給与に直結していましたが、近年は能力や実績が大きく評価に影響するようになっています。そのため、従業員個人の能力や実績をより精緻に把握し管理する必要があります。

テクノロジーの普及

クラウドやビッグデータ、AIといったテクノロジーが目覚ましく発達し、高度なテクノロジーをオンプレミス型よりも廉価で導入できるようになりました。これまでは人が行わなければならなかった仕事をテクノロジーが代替するだけでなく、人の力では行うことが難しい分析などもテクノロジーによって容易に行うことが可能になりました。

人事関連システムの歴史

日本の人事関連システムの歴史をさかのぼると、1990年代ごろから「給与システム」、2000年前後から「人事システム」「人材管理システム」と呼ばれるシステムが存在していました。最初は、「給与計算」「賃金管理」のみの機能から始まり、徐々に人事のさまざまなオペレーション業務を効率的に行える機能が搭載されるようになっていきました。

「タレントマネジメントシステム」に焦点を当てると、前述のように、2010年ごろから、外国製のタレントマネジメントシステムが日本でも提供されるようになりました。その後、国産のタレントマネジメントシステムが登場。人事給与システムにタレントマネジメント機能が追加されたり、人事系システムがタレントマネジメントシステムに変貌したりするなどの動きがありました。

さらに、2015年前後からは人事・HR以外の分野(マーケティングやITなど)からタレントマネジメントシステム業界に参入する企業が増加しました。機能やイメージなどをセールスポイントに、日本国内で積極的なプロモーション活動を行いながら、タレントマネジメントシステムを拡販しています。

当初、システムの提供形態はオンプレミスが主流でした。しかし、2010年前後からインターネット技術の発展により世の中のシステムの提供形態の主流がクラウドに変化していく中で、人事関連のシステムもクラウドでの提供が主流となっていきました。現在ではタレントマネジメントシステムの多くがクラウドで提供されています。

国内のタレントマネジメントシステム市場規模推移

国内のタレントマネジメントシステム市場規模は大きな広がりを見せています。株式会社矢野経済研究所の調査によると、クラウド型のシステムが伸びをけん引し、2020年には180億9400万円(前年比22.1%増)となっています。

株式会社矢野経済研究所「HCM市場動向に関する調査(2021年)」(2021年5月26日発表)

同研究所は、リモートワークの推進などにより業務のデジタル化を求められたことが追い風となり、タレントマネジメントシステムのニーズは今後も根強いと見込み、2021年のタレントマネジメントシステム市場は、前年比20.2%増の217億5000万円になると予測しています。また、タレントマネジメントシステムを専業とし、システムの費用面や操作面に強みを持つ企業が中小企業を中心にニーズを獲得していると報告しています。

それらの企業は順調に売り上げを伸ばしており、ここ数年で複数の企業が新規上場を達成しています。今後はタレントマネジメントシステム市場で力を付けた企業が働き方改革や研修など、隣接する別の領域に踏み出す可能性もあります。

他にも株式会社野村総合研究所が「ITナビゲーター2021年版」において、日本におけるHR Tech市場の市場規模の予測をまとめています。「タレントマネジメントシステム」市場の市場規模予測としては、2022年は290億円、2023年は329億円、2024年は368億円、2025年は407億円、2026年は447億円となっています。

コロナショックでデジタル化が加速-2026年までの市場トレンドを予測

欧米との違い

グローバル市場を見ても、タレントマネジメントシステムは拡大しています。ただし、欧米と日本のタレントマネジメントシステムには目的や活用方法の面で違いがあり、まったく同じシステムを使用できる企業は限られます。

ジョブ型雇用が一般的な欧米では、ポジションと人材が結びついています。すでに「あるべきポジション」が設定されており、そのポジションの要件に合った人材の確保や育成のためにタレントマネジメントシステムが用いられます。一方、メンバーシップ型雇用が大半の日本企業では、人材は組織と結びついており、タレントマネジメントシステムは、「在籍している人材のスキル・能力を活用する」方向で用いられます。

要件が明確なジョブ型のほうが、メンバーシップ型よりもタレントマネジメントシステムを導入しやすいといえます。ポジションに求められる能力やスキルが具体的にジョブディスクリプション(職務記述書)に明記されているため、能力やスキルを管理しやすいのです。一方で、メンバーシップ型の場合はポジションに求める要件が定義しにくく、従業員が持っている能力やスキルも管理しにくいため、タレントマネジメントシステムを導入・活用するためには人事制度や職務要件を整理する必要があります。

日本特有の制度であるジョブローテーションも、タレントマネジメントシステムと相性が良いとは言えません。ジョブローテーションのある企業でシステムを導入する場合は、人事部門の都合で配置転換を繰り返すよりも、たとえば「管理職に昇格するには2部署以上のポストを経験する必要がある」など、明確なルールを設けたほうが管理しやすいでしょう。

近年ではメンバーシップ型とも親和性の高い「包括的タレントマネジメント」という考え方も提唱されています。従業員全員をマネージすべきタレントととらえ、ポジションを重要視せず一人ひとりの能力やスキルを最大限に発揮してもらうことを目的とするものです。従業員全体のエンゲージメントを高めることを重視しています。タレントマネジメントシステムを導入する上ではジョブ型より手間がかかりますが、今後意識的に包括的タレントマネジメントを推進する企業も出てくるでしょう。

企業の導入状況

一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の「企業IT動向調査報告書 2021」によると、タレントマネジメントを「導入済み」の企業は2016年度時点では6.6%だったのに対し、2020年度は11.2%になりました。「重視すべきテクノロジー」の調査では、電子決裁やAIなど27項目のうち21位と、緊急性が高いとは認識されていないものの、導入済み、あるいは検討中の企業は着実に増加していることがわかります。

年度別 タレントマネジメントの導入状況
年度別 タレントマネジメントの導入状況

売上高別に見ると、売上高1兆円以上の企業では「導入済み」が37.7%ですが、100億円未満では4.6%。「未検討」との回答は1兆円以上の企業で11.3%なのに対し、100 億円未満の企業では81.2%と、売上高によって大きな差があることがわかりました。

売上高別 タレントマネジメントの導入状況
売上高別 タレントマネジメントの導入状況

次に、業界ごとのタレントマネジメントシステムの導入状況を紹介します。最も導入率の高い金融業(20.8%)と、導入率の低いサービス業(8.7%)や素材製造業(8.3%)では、2倍以上の差が生じています。

業界 導入率
金融 20.8%
機械器具製造 14.1%
社会インフラ 13.8%
建設・土木 10.7%
商社・流通 10.0%
サービス業 8.7%
素材製造 8.3%

前述した調査は、売上規模が大きい大手企業を対象としたデータになっていますが、中小企業も含めた調査も紹介します。

パーソル総合研究所の「人材マネジメントにおけるデジタル活用に関する調査2020」によると、タレントマネジメントシステムを導入している企業の割合は、300名未満の企業が8.3%、300名以上1000名未満の企業が23.2%、1000名以上5000名未満の企業が24.5%、5000名以上の企業が35.2%となっています。

人材マネジメントにおけるデジタル活用に関する調査2020

パーソル総合研究所が2019年に行った「タレントマネジメントに関する実態調査」で管理の対象を聞いたところ、「すべての従業員を対象としている」と答えた割合が86.8%と突出。うち23.0%の企業では、アルバイトやパートの従業員も含んでいます。もともとは一部の優秀層に対して使用されるものだったタレントマネジメントですが、日本では全従業員を対象とするマネジメントが中心になっていることがわかります。

今後の展望

今後、人事部門は今まで以上に経営に資する部門となっていくことが求められます。こうした「戦略人事」を実現するにあたって、タレントマネジメントシステムが寄与できる部分はより大きくなっていくことが予想されます。経営戦略に基づいた採用・配置・異動・育成・評価を行ううえで、データの一元化、人材情報の可視化は不可欠。それらを行うためのツールとして、タレントマネジメントシステムの重要性がさらに高まるでしょう。

タレントマネジメントシステムがさらに戦略人事に貢献できるようになるためには、他のシステムと連携することが必要となる場合もあるでしょう。たとえば、タレントマネジメントシステムを会計システムや営業関連のシステムなどと連携させて、人事・人材情報を財務情報、営業関連の情報などと結び付けて活用する、といったことが考えられます。そうすることでヒト・モノ・カネといった経営資源を総合的に活用することが可能となるため、タレントマネジメントシステムの価値が高まるでしょう。

人的資本経営への対応

今後のトレンドの一つとして「人的資本経営」があります。2019年に人的資本の情報開示のための国際的なガイドラインISO30414が公表され、2020年には米国証券取引委員会(SEC)が上場企業に対して、11領域49項目の人的資本情報の開示を義務化しました。企業が人材に対してどのような取り組みを行っているのかを可視化することが国際的に求められています。

日本でも政府が企業に対して、従業員の育成状況や多様性の確保といった人材への投資にかかわる経営情報を開示するよう求める方針です。そのうち一部は2023年度にも有価証券報告書に記載することを義務付ける予定です。

今後、タレントマネジメントシステムにも、ISO30414や日本の政府が開示を求める項目や指標の情報を自動的に集計できる機能、グローバル単位での集計ができる機能などが追加されることが予想されます。

ミクロからマクロへつなげる仕組み

タレントマネジメント研究の第一人者である法政大学大学院 政策創造研究科 教授の石山恒貴氏は次のように述べています。

「人的資本の開示は良いことですが、人的資本経営が実現できていないのに情報だけを開示しても、意味がありません。結局のところ、経営戦略や競争戦略に個々のミクロ的なタレントの才能がつながっている、というロジックがなければなりません。実は、それは難しいことです。経営戦略や競争戦略は企業のマクロ的な話で、タレントの個々の才能は、着目すればするほど一人ひとりの才能になるのでミクロの話になってきます。『タレントマネジメント』とはタレントのミクロな才能を突き詰めて進化させ、爆発的に開花させることをマクロにつなげることです。それだけに、ミクロ側に進化していったものをマクロにもっと結びつける工夫や、洗練性がさらに求められるようになっていくと思います。企業ごとの個別性もますます高まっていくのではないでしょうか」

今後のタレントマネジメントシステムには、こうした企業ごとの個別性に適応できるような柔軟性や、個々のタレントのミクロな情報を収集し、分析できる仕組みとともに、それらを活用し、経営戦略などのマクロにつなげるための仕組みが求められるのかもしれません。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

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