オピニオンリーダーに聞くエンゲージメントサーベイ
「エンゲージメントサーベイ」の本質から今後を読み解く
~人事部だけでは叶わない付加価値の創出を
立教大学 経営学部 教授
中原 淳さん
近年、多くの企業が組織の現状や課題を把握するためにエンゲージメントサーベイを実施しています。その背景には、新型コロナウイルスの感染拡大により従業員の働き方が大きく変化したことや、人的資本経営の重要性が叫ばれていることなどがあります。組織の現状や課題を把握したい、というニーズが一段と高まっているのです。では、サーベイを実施した企業では、得られたデータをどこまで活用できているのでしょうか。また、エンゲージメントサーベイを提供する企業は今後何に注力していくべきなのでしょうか。日本の人事部「HRアワード2020」書籍部門 優秀賞を受賞した『サーベイフィードバック入門――「データと対話」で職場を変える技術』の著者で、企業における人材開発・組織開発研究の第一人者である立教大学経営学部 教授の中原淳さんに、お話をうかがいました。
- 中原 淳さん
- 立教大学経営学部 教授
なかはら・じゅん/立教大学経営学部ビジネスリーダーシッププログラム(BLP)主査、立教大学経営学部リーダーシップ研究所 副所長などを兼任。博士(人間科学)。2018年より現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究している。専門は人的資源開発論・経営学習論。『職場学習論』など、共編著多数。
本質的には進んでいない、エンゲージメントサーベイの活用
著書『サーベイフィードバック入門――「データと対話」で職場を変える技術』が出版されてから3年が経ちます。エンゲージメントやエンゲージメントサーベイの現状をどのように捉えていらっしゃいますか。
まず、エンゲージメントを含むさまざまな組織調査の数値が、人事がKPIとして追っていくべき指標の一つになりつつあると強く感じています。この動きは、おそらく10年ぐらい前から起きていましたが、ここ5年で徐々に加速し、人的資本経営が言われ始めたこの3年ぐらいで、さらに加速しました。人事部では、自社の特徴や課題を説明するときにエンゲージメントや離職率などのデータを使っているようです。
ただ、しっかりとデータを現場の管理職にフィードバックし、さらには管理職が何らかのアクションをとっている企業は、多くても10%ぐらいではないでしょうか。多くの場合はエンゲージメントが流行しているから、経営層に指示されたから、人的資本経営に対応しなければいけないからといった理由でサーベイを実施していて、本質的な取り組みになっていない企業も少なくないと感じています。
サーベイの基本は、サーベイを実施することとフィードバックを行うことの二つです。行ったら必ず結果を見える化し、現場や管理職同士で対話しなければなりません。結果をもとに、自分たちのチームや職場がいかにあるべきかを具体化するのです。結果をつきつめて現場にフィードバックしなければ、組織は変わりません。
しかし、実際はサーベイを行っても、役員会や管理職の集まる会合に提出して終わり、という企業が多いのではないでしょうか。つまり、結果を基に対話をしていない、調査の対象者にフィードバックしていない、ということです。このような状況は、今も昔も変わっていないように感じます。
人的資本経営とエンゲージメントの関係は、どのようにとらえたらよいでしょうか。
多くの企業は、人的資本の情報開示といわれても、どんな情報を開示すればいいのかに戸惑いを感じておられる気がします。人的資本経営にエンゲージメントサーベイの結果を活用できていないのが実状です。取り急ぎデータを整えているだけといった印象で、今後も活用されることは難しいのではないかと思います。
繰り返しになりますが、サーベイはフィードバックを行うなど、最後まで活用しなければ意味がありません。
サーベイの本質は経営戦略の実現
エンゲージメントサーベイの本質はどこにあるのでしょうか。
まず、エンゲージメントサーベイは「経営」にインパクトをもたらすためにこそ存在します。その意味では、経営戦略や、それに人事戦略がどこまで実現できているのかを確認し、今後のあるべき姿を決めていくための意志決定を支援するツールです。例えば、この目標を実現するために、今年度にはどこまで到達していればいいのか、また、次年度はどこまでを目指すのか――エンゲージメントをはかるだけではなく、戦略実現のために活用するべきです。その際に重要なのは、「組織で何を実現したいのか」「誰のどんな行動を引き起こしたいのか」ということです。
サーベイを有効活用するには、行動項目と成果指標項目の二つをはかり、クロスさせて分析する必要があります。行動項目とは、例えば管理職が1on1をしていることや、ある社員が困ったときに同僚や同期がアドバイスをくれることなど。成果指標は、ワークエンゲージメントや離職傾向など。行動項目と成果指標項目を掛け算すると、「社員が〇〇をしている職場では、□□という成果が出ている」「〇〇という経緯で社員が辞めたくなっている」などといったことがわかります。
しかし、例えば成果指標項目だけを取ると、「離職率が下がった」「エンゲージメントが上がった」としか言えません。なぜそうなったのか、数字が良くないときはどうすればいいのかということがわからないのです。
エンゲージメントサーベイの本質は、「経営戦略実現のために、誰に、どんな行動を引き起こしたいのか」「誰のどんな行動を変えたいのか」。このことを意識してサーベイを設計することが重要です。
サーベイを行う際や、取得したデータを扱う際に留意すべきことは何でしょうか。
まず、むやみに設問を変えないこと。毎年違う課題が発生するので、新しい質問を作る必要もあるでしょう。しかし、8割は変えない方が良いと思います。なぜかと言うと、多くのサーベイで有効なのは、職場ごとの比較や、ハイパフォーマーとローパフォーマーの比較だからです。その場合、一番大事なのは年次ごとの比較です。質問を毎年どんどん変えていくと、年次による比較ができなくなってしまいます。
人事部長が変わると、サーベイの項目を変える傾向があります。せっかく10年間調査を続けてきたのに、変えたことで年次比較ができなくなってしまった、というのが典型的なパターンです。それでは意味がありません「変えることが目的になっていませんか」と言いたいですね。「変えたら比較できなくなる」というリスクは、しっかりと考えるべきです。
また、エンゲージメントサーベイから集計結果をアウトプットする際に、何人分のデータをひとまとまりとしてアウトプットするかも重要です。結果の受け取り手(現場のマネジャーや局長など)は、5人から10人程度のデータであれば、どこにどのような課題があるのかイメージしやすいでしょう。しかし、100人や1000人単位のデータであると、人数が多すぎて、どこにどんな課題があるのかイメージできません。課題のイメージができなければ、もちろんどのように改善すればいいかも分からず、結局何もしないという状況がうまれてしまいます。
一般的なエンゲージメントサーベイは、大人数のデータをひとまとまりとしてアウトプットすることが多いと思われます。しかし、実際に現場で課題解決することを考えると、5人から10人程度の結果でないと行動にはつながらないのです。
サーベイ単体でのブレイクスルーは困難に
今後のエンゲージメントサーベイ市場をどのように予想されますか。
サーベイ単体で競争優位を生み出すのは難しくなっていくと思います。誰が作ってもある程度似たような設問になるので、ブレイクスルーが起きるのは難しい。すると、価格競争になり、無料化されるものも出てくるのではないでしょうか。
また、多くのサーベイは設問設計の融通が利きにくいので、既存のサービスを利用せずに、企業が独自に作成する動きが活発化することも予想されます。サーベイだけで付加価値をだしていくことは難しいと思います。
今後、「エンゲージメントサーベイ」を提供する企業はどんなことに注力すべきでしょうか。
二つあります。一つ目は、徹底的な人事ユーザーのフォローです。サーベイに回答する従業員にとって最悪なパターンは、「回答したけれど、全くフィードバックされない」「何も変わらない」ということ。回答者は、「何かが変わるのだろう」という期待をもって回答します。人事が何もフィードバックしない、何も変わらないという状態では、「学習性無気力」に陥ります。
そのような状況が続けば、サーベイ嫌いの従業員が増えると思います。サーベイを行う意味もなくなっていくでしょう。このような事態を防ぐためにも、「サーベイで取得したデータをどう活用するのか」を伝えるビデオなどを作ったり、顧客が現場で使えるフレームワークやツールを作ったりと、顧客を支援していく必要があります。人事に向けたフォローを徹底的に行っていくことが大事だと思います。
二つ目は、付加価値の創出です。サーベイがもっとも影響力を発揮するのは、「経営戦略が実現できているかをモニタリングするために使う」×「戦略実現の打ち手を決定するために使う」の掛け算です。また、次に影響力が大きいのは、評価やeラーニングなどのコンテンツとの掛け算です。どのような付加価値を創出できるのかを、ぜひ考えてほしいですね。
サーベイが当たり前になる時代に必要な付加価値の創出
最後に、サーベイを提供する企業へメッセージをお願いします。
まずは、サーベイ嫌いの人を増やさないようにすることが大事です。30年ぐらい前は、今の何倍も研修嫌いの人がいました。なぜかと言うと、今よりもずっと無計画的で、強要・高圧的な研修が存在していて、そうした研修に参加したひとが、研修嫌いになってしまっていたからです。
サーベイも30年ぐらい前の研修と同じ状況にならないように、注意が必要です。サーベイで正しく回答したのにつるし上げられたり、何も改善されずに無意味だと感じたりすると、従業員は誰も真面目に答えなくなります。
現在は「データを分析すること、また、そのデータに基づいて何かをすること」が時代の最先端のようにと捉えられています。しかし、ひとびとが「時代の最先端」だと思いはじめているときは、実際には「ピークを過ぎている」と言っていい。端的に言って、今後サーベイは企業にとって当たり前のものになっていきます。
その中でサーベイを提供する企業が生き残っていくには、機械学習などをもちいた高度な分析支援や、テスト理論などを学び、新たな活用法を開発して付加価値を創造していく必要があるかもしれません。
HRソリューション業界で働く若手の方には、新しいものを積極的に作ってほしいと思います。なぜなら、今まであるものを継続しても、おそらく希望はないくらいにサーベイが普及してきているからです。誰もがサーベイやテクノロジーを使うようになっていて、人事部でも作ろうと思えば作れてしまう。そんな状況だからこそ、「外部のプロフェッショナルからサービスを提供されることの意味」を、人事に打ち出していく必要があります。エンゲージメントサーベイを提供する企業が生き残っていくには、人事部だけでは叶えられない付加価値を創出し続けることに尽きると思います。