エンゲージメントサーベイの今後

企業を取り巻く環境の変化

人的資本経営の推進

人材を資本と捉えて投資する「人的資本経営」が注目を集めています。2023年3月期決算からは、上場企業などを対象に「人的資本の情報開示」が義務化。さまざまな項目の開示が考えられますが、多くの企業が注目しているのが「従業員エンゲージメント」です。今後、従業員エンゲージメントを定量的に計測するために、エンゲージメントサーベイを導入する企業が増加すると考えられます。

人的資本の情報開示についてはいくつかのガイドラインが策定されていますが、国際的に使用されているのが2018年に国際標準化機構(ISO)が発表した ISO30414です。人的資本を11領域49項目にわけ、それぞれの項目について定量化を求めているもので、「組織文化(organizational culture)」の領域には「エンゲージメント」「満足度」「コミットメント」が含まれています。これらの項目を定量的に測定し、開示する上でエンゲージメントサーベイは大きな役割を果たします。

優秀な人材の確保

日本はいま、人口減少という難局に直面しています。労働力人口が減少する中で生産性を向上させていくには、従業員一人ひとりにいきいきと働いてもらうことが必要です。エンゲージメントサーベイによって浮き彫りとなった課題を解決することは、従業員エンゲージメントの向上につながります。リテンションや採用においても効果的でしょう。

ダイバーシティ&インクルージョン、働き方の多様化

新卒で入社した男性正社員が労働者の中心だった時代は、企業を画一的に運営することが可能でした。しかし、現在は雇用形態や価値観などが異なる多様な人材が一つの会社に集う時代であり、従業員それぞれのエンゲージメントやモチベーションに目を配る必要があります。

また、新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、多くの企業がテレワークを導入。オフィスに出勤しない従業員が増えたことも、サーベイによる人や組織の状態の可視化の必要性を高めています。

ジョブ型雇用の増加

「人事白書2022」では、3割弱の企業がジョブ型雇用を「導入している」「導入を検討している」と回答しています。ジョブ型雇用はメンバーシップ型雇用よりも人材の流動性が高まるため、企業は社員を引き付ける施策により注力しなければなりません。そのため、組織の課題の改善につながるエンゲージメントサーベイの活用が見込まれます。

また職務の内容が定められているジョブ型雇用は、サーベイ結果と職種との相関を示しやすく、メンバーシップ雇用よりも分析しやすいというメリットもあります。

エンゲージメントサーベイの導入・取り組み状況の影響

「人事白書2019」では、3社に1社以上の割合で企業がエンゲージメントサーベイを導入していることが明らかになりました。つまり、サーベイ自体はすでに多くの企業で導入されており、認知度も確保されている状況です。

そのためエンゲージメントサーベイを提供する企業のマーケティング戦略は、プロダクトそのものの露出に加え、より具体的な活用方法や導入効果を訴求するフェーズに移っていると言えるでしょう。また、大企業での導入が進んでいることから、今後は中小企業から関心を集めるようなアプローチを展開していく必要があります。

エンゲージメントサーベイにおけるプロダクトの変化

パルスサーベイ実施ニーズの増加

年に1~2回程度の頻度で実施し、組織の課題を深く追求するセンサスに加えて、短期間に質問を繰り返すパルスサーベイも導入するなど、よりリアルタイムで個人や組織の状態を可視化しようとする企業が今後は増えることが予測されます。センサスでは経営理念を落とし込んだ質問を含めて、質問項目が数十項目に及ぶことが一般的ですが、パルスサーベイでは数問程度で、回答時間も1~2分ほどと、回答者へ負担をかけないことが求められます。

自社のサービスの提供形態に加え、市場のニーズを常に意識することが重要です。

グローバル対応の必要性

グローバルに対応したプロダクトが増加し、性能が向上していくと考えられます。その背景には、「海外進出している大企業への対応」「国内市場の限界」「日本企業内での外国人労働者の増加」があります。グローバルで使用する場合、日本独自の文化や慣習を前提とした質問では意図が正しく外国人労働者に伝わらないかもしれません。より普遍的な質問項目を設定する必要があります。

技術の進化による影響

技術の進化に伴い、クラウド化やビッグデータ、AIの活用がさらに進むことは間違いありません。いままで以上に高品質・高精度なプロダクトが展開されるほか、ある程度の性能を持ったプロダクトを廉価で使えるようになる可能性もあります。そうなれば、規模を問わず多くの企業がエンゲージメントサーベイを導入するようになるでしょう。

ただし、エンゲージメントサーベイを実施すれば、従業員に負担をかけることになります。また、従業員が意図的に回答を操作することも可能なため、注意が必要です。負担の軽減や不正の防止にも、技術の進化を活かせる可能性があります。

脈拍や睡眠状況、歩数といったバイタルデータや、メールやチャットツールなどのやり取りから得られるデータを活用すれば、従業員に負担をかけず、正確なデータを取得することができます。今後はこの方法を採る企業も増えてくるでしょう。ただし、従業員が「監視されている」と感じるおそれもあるため、注意が必要です。

エンゲージメントサーベイ以外のデータとの連携

サーベイデータの分析にあたり、AIなどのテクノロジーを活用しているプロダクトが増えています。今後はさらに精度が上がっていくことが期待されます。また、エンゲージメントサーベイ以外のHRテクノロジーや企業の持つ勤怠データ、評価データを掛け合わせることで、活用の幅が広がっていくことが想定されます。 

サーベイの機能が複雑化するほど、分析やアクションにかかる工数が増加すると考えられます。そのため、人事だけでなく現場単位で管理・分析できる仕組みをより洗練していく必要があるでしょう。現在はサーベイの結果から組織の課題を分析するのが一般的ですが、今後はさまざまな組織内のデータから問題の兆しを見つける、予防医療に近い形での活用が進むことも期待されます。

エンゲージメントサーベイ実施後のアクションに関する変化

エンゲージメントサーベイをすでに導入している企業では、実施後のフェーズへと焦点が移っています。「エンゲージメントサーベイを実施したが、この後どうすればわからない」という企業も多く、エンゲージメントサーベイを提供する企業には対応が求められています。

従業員エクスペリエンスの向上

エンゲージメントサーベイが十分に活用されない場合、サーベイの実施がかえって従業員の不満を高めることにつながりかねません。また、ネガティブな結果ばかりをフィードバックすると、従業員の意欲を低下させるおそれがあります。エンゲージメントサーベイを回答する行為に対して、従業員がその企業で得られる価値である「従業員エクスペリエンス(Employee Experience)」を高めていくことが重要です。

従業員エクスペリエンスを高めるには、導入企業の従業員に最適なフィードバックの方法を検討し、課題ばかりではなく強みとなる点も積極的に開示していく必要があります。従業員の回答に基づいて対応策を講じ、組織が変わっていくまでの流れを一つの物語として腹落ちさせることで、従業員は「自分の意見が尊重されている」と、サーベイの効果を実感することができます。

エンゲージメントサーベイを提供する企業には、サーベイを活用して人事が聞きたいことだけを聞くのではなく、「その質問を従業員はどのように受け止めるか」「どのようにフィードバックするのがよいか」といったこともサポートすることが求められます。

課題解決に向けたアクションの強化

サーベイによって組織の強みや課題がわかったら、課題解決に向けたアクションを起こします。エンゲージメントサーベイを提供する企業は、カスタマーサクセスやコンサルタントを置き、顧客の目的に合わせて、運用のサポートやレポートの作成、アクションのサポートなどを行うことが求められます。

具体的なアクションは、従業員一人ひとりのメンタルケアや人材育成の強化、組織開発の新たなアプローチなど、多岐にわたります。自社だけでは総合的なソリューションを提供できないと判断した場合は、社外の組織などと連携するのもいいでしょう。

エンゲージメントサーベイを提供する企業には、コンサルティング力を高めていくとともに、自分たちの持つナレッジとテクノロジーを掛け合わせることでよりよいソリューションが提供できるよう、常に模索している姿勢が求められます。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

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