タレントマネジメントとは
「タレントマネジメント」の定義
タレントマネジメント(TM:Talent Management)とは、優秀な従業員(タレント)に自身の持つ能力・スキルを発揮してもらうため、従業員の情報を管理して戦略的に人材の採用、育成、配置を行う人事管理の手法です。人材の流動化が進む1990年代のアメリカで考案され、マッキンゼー・アンド・カンパニー(McKinsey & Company)が2001年に『War for talent(人材育成競争)』を刊行したことで、急速に広がっていきました。

石山氏の著書
『日本企業のタレントマネジメント』
(中央出版社)
タレントマネジメントの定義は論者によってさまざまですが、組織の成長や業績向上を目的とし、複数の人事施策を統合的に実施するものだと言えます。「タレント」とは、多くの場合「才能」「能力」ではなく、「有能な人材」の意味で用いられています。
また、法政大学大学院 政策創造研究科 教授の石山恒貴氏は、「タレントとは天賦の才能を開発し続ける個人であり、在籍する組織の環境にフィットしている存在。組織における全ての社員をタレントとみなすか、一部の社員だけに注力するかは、企業によって解釈が異なる」と述べています。
アメリカ最大の人材開発センターであるATD(米国人材開発機構、旧称:ASTD)は、タレントマネジメントを次のように定義しています。
(米国人材開発協会ASTD『Research report 2008』より)
「タレントマネジメント」の詳細・事例
日本でも、少子高齢化による労働力不足、キャリアに対する多様な考え方の普及、働き方の変化など、企業を取り巻く環境が大きく変化しています。人事部門は、経営戦略や事業戦略を実現するために、内部労働市場(自社)と外部労働市場から、優秀なタレントを獲得し、多様な考え方やキャリア観を持つ従業員に対して、育成、配置、評価、定着のサイクルを回し、パフォーマンスを上げることが課題となっています。従業員のスキルや経験、能力などの人的資本を把握・管理し、従業員の特性や志向、状況に鑑みたタレントマネジメントを行うことが求められているのです。
厚生労働省が発表した「平成30年版 労働経済の分析」によると、2012年度のタレントマネジメント導入率は2.0%でしたが、2017年度は7.1%と増加傾向にあります。さらに、「試験導入中・導入準備中」「検討中」の企業を含めると、13.5%から25.1%と大幅に増加しており、企業の関心が年々高まっていることがわかります。

売上高1兆円以上の企業に焦点を当てると、60%の企業が導入済み・導入検討中であり、人材の多様化が進む企業において重要な施策だと考えることができます。
ここでは、タレントマネジメントの活用が期待できる具体例(課題と活用方法)を紹介します。
1:採用
- 課題:自社に合った人材を確保したい
- 活用方法:「配属部署における従業員のハイパフォーマンス傾向」を分析しておくことで、「募集ポジションの人材要件」を定義し、自社にマッチした人材の採用活動を進めることができる
2:配置
- 課題:新規事業の立ち上げの際、最適な人材をアサインしたい
- 活用方法:新規事業にアサインする人材要件を定義し、従業員のスキルや志向、実績、評価を把握しておくことで、適材適所(適所適材)に人材を配置できる
3:育成
- 課題:従業員の希望やニーズに合った育成を行いたい
- 活用方法:従業員の価値観やキャリア志向、現在の能力、スキル、経験を把握。事業戦略上、必要とされる人材要件にも鑑みながら、従業員個人に合わせた個別の育成計画を立案し、施策を実行する。また、学習履歴を管理することで長期的な育成を進めていくことができる
4:評価
- 課題:評価を適切な処遇、配置、育成、キャリア開発に生かしたい
- 活用方法:従業員の評価結果の情報を一元管理。情報を適切に閲覧し、分析できるようにする。場合によっては、目標管理の情報、面談の進捗や会話の内容などの情報も記録しておく。それらの情報を基に、個人のスキルや能力、志向などの情報も加味しながら、処遇、配置、育成、キャリア開発を効率的に行うことができる
5:定着
- 課題:特に優秀な従業員の離職を防ぎたい
- 活用方法:優秀な従業員の希望に応じた異動や抜てき、育成といった支援を行うことができる。優秀な従業員を選抜し、能力や成果に見合った処遇を行うなど、適切な人材マネジメントを行うことで、優秀な従業員は組織へのエンゲージメントが高まる
6:後継者計画
- 課題:適切に次世代経営人材を選抜したい
- 活用方法:後継者にふさわしい要件を定義したうえで、その要件に見合った人材を選出し、育成・評価を行う。人的資本経営において、後継者計画の情報を開示する
7:工数削減
- 課題:上記1~6の業務を行う上で、煩雑な手間と膨大な業務が発生するため、効率化したい
- 活用方法:タレントマネジメントシステムを導入するなどによって、従業員のあらゆる情報を一元管理。システム上で情報の収集や分析を行うことで、人事業務全体を効率化でき、人事部門や現場の管理職の工数を削減する
導入前の業務と課題 |
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人事業務 | 課題(例) |
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採用 | 自社に合った人材を確保したい |
配置 | 新規事業の立ち上げの際、最適な人材をアサインしたい |
育成 | 従業員の希望やニーズに合った育成を行いたい |
評価 | 評価を適切な処遇、配置、育成、キャリア開発に生かしたい |
定着 | 特に優秀な従業員の離職を防ぎたい |
後継者計画 | 適切に次世代経営人材を選抜したい |
タレントマネジメント導入
導入後の成果 |
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①解決策 | ②工数削減 |
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これらの課題に効果的な策を提示し、実行する | これらの人事業務全体を効率化し、人事部門や管理職の工数を削減する |
企業が収集する従業員のデータとしては、下記の項目が挙げられます。
- 基本情報、基本属性
- 能力、スキル
- 職務内容、実績
- 勤怠(行動データ)
- 価値観、マインド、志向性
企業によっては、これらすべてを収集する必要はありません。自社のタレントマネジメントの目的に沿って、必要な情報を収集することが求められます。
対象となる従業員
タレントマネジメントの対象となる従業員は、目的によってさまざまなパターンに分けられます。
すべての従業員
階級や能力を問わず、全社規模で人事戦略を考えたい場合に適用します。コストはかかるものの、企業の持つポテンシャルを最大限に引き出すことができます。
一定以上の評価を得ている従業員
幹部や将来の幹部候補といった優秀な従業員を対象とします。優秀な人材の育成やコンピテンシーを基にした社内環境の整備、離職の防止を目的とします。
一定の階級以上あるいは専門性の高い従業員
課長や部長以上など、特定の階級以上の従業員を対象とします。全従業員を対象にするまでのコストはかけられないが、リーダー層はしっかりと管理したい場合に適用します。また、労働市場で採用(調達)しにくい、専門性の高い職種が対象になることもあります。
次世代経営人材
次世代の経営者人材候補を早期に選抜し、育成・マネジメントしていくケースです。
タレントマネジメントの注意点
タレントマネジメントの導入にあたっては、注意点もあります。まず重要なのは、「タレントマネジメントの導入によって何を解決したいのか」。目的が曖昧なまま導入してしまうと、思うような活用はできません。従業員のデータを集約するにはある程度の工数がかかり、さらにタレントマネジメントシステムを導入・運用するとなればコストもかかります。それらを導入企業に認識してもらい、活用イメージを定めていく必要があります。
従業員の協力を得る努力も欠かせません。企業が集める従業員データには、多くの個人情報が含まれます。また、情報は常にアップデートされるので、定期的な新しい情報への更新が不可欠です。円滑に情報を収集するためには、従業員にもタレントマネジメントを導入する必要性を理解してもらわなければならないのです。
さらにタレントマネジメントを成功に導くには、経営陣の協力やコミットメントも必要です。タレントマネジメントは、経営戦略の実現に向けて行うものだからです。経営陣に重要性を認識してもらうため、タレントマネジメントを導入するうえでの費用対効果や経営へのインパクト、導入後の活用イメージ、経営戦略実現のためのストーリーをプレゼンテーションする必要があります。
タレントマネジメントの導入後は、随時進捗を確認しながら必要に応じて修正し、定期的に結果を振り返って次の取り組みに生かすことが求められます。また、特に人材育成やリテンションについては、タレントマネジメントを導入したからといって、すぐに目覚ましい効果が現れるとは限らないことを導入企業に意識してもらう必要があります。
「タレントマネジメント」と戦略人事
ここまで解説してきたように、タレントマネジメントは、経営戦略や事業戦略を実現するためのものでなければなりません。タレントマネジメントそのものが目的ではなく、戦略人事のためのタレントマネジメントでなければならないのです。

藤間 美樹氏
(積水ハウス株式会社)
ここで、「タレントマネジメント」やその前提となる「戦略人事」について人事トップが語っている実例を紹介します。長年、武田薬品工業、参天製薬などの企業で人事の要職を歴任し、戦略人事を実践。現在は積水ハウスの執行役員 人財開発部長を務める藤間 美樹氏は、『日本の人事部』が主催する「HRアカデミー」の講義で次のように述べています。