エンゲージメントサーベイの歴史・市場

エンゲージメントサーベイの歴史

欧米での歴史

近代化とともに企業組織が発展する中で、従業員の状態を示す指標にはいくつかの変遷がありました。最初に提示されたのは、従業員の業務内容や職場環境、人間関係などに対する満足度を示す従業員満足度です。そこから、企業や組織への参加意欲や業務への前向きな姿勢を示すモチベーションが注目されるようになり、1990年代に入ると企業への愛着や思い入れを示すエンゲージメントが注目されるようになりました。

初めて仕事の領域でエンゲージメントという概念を初めて示した人物は、米国のボストン大学のカーン教授です。モチベーションの研究を行っていましたが、1990年に従業員の仕事への思い入れの強さが個人の業績や企業の業績に関わると提唱しました。その後、2004年にオランダ・ユトレヒト大学のシャウフェリ教授らが、仕事そのものに没頭している状態を示すワーク・エンゲイジメントを提唱。ここでは従業員の仕事に対するエンゲージメントをテーマにしていました。

組織に対するエンゲージメントが注目されたきっかけは、2007年のASTD(American Society for Training & Development)のエンゲージメントに関するレポートです。これにより欧米で組織へのエンゲージメントである従業員エンゲージメントが注目されました。

従業員エンゲージメントの重要性が注目されるようになったのは、従業員満足度との比較されたことがきっかけです。調査会社は長年、従業員満足度を調査していましたが、従業員の満足度が高くても、企業業績につながっているという相関が得られていませんでした。そこで従業員エンゲージメントを指標として調査したところ、企業業績の向上との相関が見出され、エンゲージメントが重視されるようになりました。

もう一つ、海外でエンゲージメントが注目された背景にあるのは離職との関係性です。海外は日本とは違い、キャリアアップを求めて転職を繰り返すことが当然という文化があります。そうした中、米国で2012年頃に人件費の高騰、採用後の短期での退職、ヘッドハンティングの激化により、採用コストが増大する事態が起こります。そこで、エンゲージメントが高い企業では離職率が抑えられるというデータに注目が集まり、採用の費用や手間を抑えたい企業がエンゲージメントサーベイを行うようになりました。

日本での歴史

日本で従業員エンゲージメントが話題になったきっかけは、米国の調査会社であるギャラップ社が2017年に行った世界各国における従業員エンゲージメント調査でした。日本は「熱意あふれる社員」の割合が6%で、調査対象の139ヵ国中132位と世界最下位レベルでした。この事実は新聞でも報じられ、日本で従業員エンゲージメントが広く知られるようになりました。その後、厚生労働省、経済産業省、経団連でもエンゲージメントというキーワードを使うようになります。

厚生労働省は2018年に公表した「平成30年版労働掲載の分析」の中で、「ワーク・エンゲイジメントが労働者の健康・仕事のパフォーマンス等へ与える影響」について解説。経団連は、2019年に会長が「エンゲージメントを高めることが日本経済にとって重要」と述べ、「エンゲージメントと労働生産性の向上に資するテレワークの活用」という報告書を公表しました。

経済産業省では、2020年9月に発表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~」で、従業員エンゲージメントについて次のように述べています。

従業員エンゲージメントとは、「企業が目指す姿や方向性を、従業員が理解・共感し、その達成に向けて自発的に貢献しようという意識を持っていること」を指す。

  • 現在の経営戦略の実現、新たなビジネスモデルへの対応に必要な人材が自身の能力・スキルを発揮してもらうためにも、従業員がやりがいや働きがいを感じ、主体的に業務に取り組むことができる環境を創りあげることが必要となる。
  • このためには企業と個人が対等な関係の下で、一体となって、企業の成長の方向性や組織目標の達成と多様な個人の成長のベクトルを一致させていくことが重要である。これは、持続的な企業価値の向上という経営の好循環の観点からも不可欠な要素である。

また、経済産業省が2022年5月に発表した「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0~」では、社員エンゲージメントを高めるための取り組みについて解説しています。

国内のエンゲージメントサーベイの市場規模推移

矢野経済研究所の調査によれば、従業員エンゲージメント診断・サーベイクラウドの市場規模は、2021年は47億2,000万円(前年比123.6%)、2022年は57億円見込み(前年比120.8%)です。コロナ禍を経験したことで、会社側の従業員エンゲージメントに対する関心は高い状態にあり、多くの従業員を抱える大手企業の導入が進んだことも市場拡大の要因となっています。その後も右肩上がりと予想されています。

従業員エンゲージメント診断・サーベイクラウド市場規模推移・予測
従業員エンゲージメント診断・サーベイクラウド市場規模推移・予測

注1. クラウドサービス提供事業者売上高ベース
注2. 2022年は見込み値、2023年度以降は予測値
【出典】株式会社矢野経済研究所「従業員エンゲージメント市場に関する調査」(2022年8月15日発表)

注.本調査における市場規模は、従業員エンゲージメント診断・サーベイツールを単独のサービスとしてクラウドで提供し、年間契約などによる継続サービスを提供しているものを対象として、クラウドサービス事業者の売上高ベースで算出した。
https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/3039

続いて、ITR Market Viewの調査によれば、従業員エンゲージメント市場の2018年度の売上金額は24億円、前年度の3倍へと急速に拡大。今後さらに導入ニーズが高まると見ており、従業員エンゲージメント市場のCAGR(2018~2023年度)は37.5%、2023年度には120億円に迫る規模に拡大すると予測されています。

なお、同調査で対象とするのは、従業員が組織の目標や戦略を理解し、自発的な貢献意欲を持つことを意味する「エンゲージメント」の度合いを測定したり、その向上を支援したりするための製品・サービス。短期的なサイクルで調査を実施するパルスサーベイ、従業員同士で感謝の気持ちやボーナスを送り合うピアボーナスなどの機能を有するものを含んでいます。

従業員エンゲージメント市場規模推移および予測(2017~2023年度予測)
従業員エンゲージメント市場規模推移および予測(2017~2023年度予測)

【出典】ITR「ITR Market View:人事・人材管理市場2020」
従業員エンゲージメント市場規模推移及び予測:(2017~2023年度予測)
https://www.itr.co.jp/company/press/200609PR.html

そうした背景にあるのは、会社側と従業員側、双方でのエンゲージメントへの注目度の高まりです。労働力人口の減少で人手不足が顕在化し、会社側には従業員の離職防止策が求められています。また、人的資本の情報開示では投資家から新たな指標が求められており、エンゲージメントに注目が集まっています。

一方、従業員側は、「働きがいとは何か」といった自身の仕事観を日々考える動きが出てきています。また、社会への貢献や成長実感を求めるといった労働観を持つミレニアム世代やZ世代では、自分の働き方を見つめていく傾向があり、エンゲージメントへの注目度が増しています。

企業のエンゲージメント測定状況

エンゲージメントを定量的に測定している企業はどれくらいあるのでしょうか。パーソルホールディングスが行った「人的資本経営調査レポート(エンゲージメント編)」(2022年、出所:パーソルホールディングス ※1)によれば、定量的に計測している企業は全体の29.3%、計測していない企業が56.7%でした。計測している割合は、企業規模が大きくなるにつれて高くなり、中小企業では16.5%であるのに対して、超大手企業は42.0%です。

エンゲージメント状況の定量的な計測度合い(全体/企業規模別)
エンゲージメント状況の定量的な計測度合い(全体/企業規模別)

※1:https://www.persol-group.co.jp/news/20230210_11513/

続いて、「人事白書2019」によれば、エンゲージメントサーベイを「行っている」と回答した企業は35.9%で、3社に1社の割合でした。従業員規模別に見ると大企業ほど実施している割合が高くなっており、従業員5001人以上の企業では64.3%と3社に2社の割合になっています。

エンゲージメントサーベイを行っているか(全体)
エンゲージメントサーベイを行っているか(全体)
エンゲージメントサーベイを行っているか(従業員規模別)
エンゲージメントサーベイを行っているか(従業員規模別)

次に「人事白書2021」でパルスサーベイを行っているかを聞いたところ、「行っている」が18.9%、「今後行う予定である」が17.0%でした。これらを加えると35.9%であり、3社に1社の割合でパルスサーベイの実施を考えていることがわかります。従業員規模別に「行っている」企業の比率を見ると、1001人~5000人の企業は27.8%、5001人以上の企業は36.8%であり、大企業ほど実施率が高くなっています。

パルスサーベイを行っているか
パルスサーベイを行っているか

パルスサーベイを行う理由では、「従業員エンゲージメントの調査」が78.9%、「従業員満足度の調査」が54.7%、「組織風土改革のための調査」が41.1%でした。パルスサーベイを行う企業のうち、約8割の企業で「従業員エンゲージメントの調査」が行われていました。

また、パルスサーベイを「行っている」企業に、どのくらいの頻度でパルスサーベイを行っているかを聞いたところ、「1ヵ月に1回」が最も割合が高く52.0%。以下、「1週間に1回」(8.0%)、「毎日」(4.0%)と続きます。実施するにあたっては、従業員に負荷がかからない程度の頻度で行われていることがわかります。

パルスサーベイを行っている頻度
パルスサーベイを行っている頻度

企画・編集:『日本の人事部』編集部

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