エンゲージメントとは

「エンゲージメント」の定義

「エンゲージメント(engagement)」は、「婚約、誓約、約束、契約」を意味する言葉であり、人事領域におけるエンゲージメントは「個人と組織の成長の方向性が連動していて、互いに貢献し合える関係」という意味で使われます。一般的には従業員の会社に対する「愛着心」や「思い入れ」を表すものと解釈されています。

エンゲージメントの根底には「個人の成長や働きがいを高めることは、組織価値を高める」「組織の成長が個人の成長や働きがいを高める」という考え方があります。そのうえで企業と従業員の結びつきが強い状態を指して「エンゲージメントが高い」と表現されます。エンゲージメントが高い組織には、従業員一人ひとりが企業や組織を信頼し、自身と事業の成長に向けて意欲的に取り組むという特長があります。それにより、「組織の活性化」「従業員のモチベーション向上」「生産性の向上」「従業員の定着率の向上」などが期待できます。

近年、若年層の職業観の変化や終身雇用制度の崩壊、少子化に伴う人手不足が進み、企業は長期的観点から人事制度や人材育成を考える必要性に迫られています。人材の流動化への対応や、働き方改革による生産性向上を図る必要があり、組織に活性化をもたらし、生産性向上が期待できるエンゲージメントが近年、注目されています。

エンゲージメントの種類:従業員エンゲージメントとワーク・エンゲージメント

エンゲージメントには、「従業員エンゲージメント」と「ワーク・エンゲージメント」の二つの種類があります。その違いについて法政大学大学院 政策創造研究科 教授の石山恒貴氏は次のように解説しています。

従業員エンゲージメントは、在籍している組織に対して、エンゲージメントが高い状態のことであり、職務満足、組織コミットメント、役割外行動などの既存の概念と類似するものです。

一方、ワーク・エンゲージメントは、仕事そのものに没頭している状態であり、「仕事に関連するポジティブで充実した心理状態、『活力』『熱意』『没頭』という3次元から構成(島津、2014)」や「仕事に対する『快』の高さと活動水準の高さを示す(向江、2018)」などと解説されています。

「日本の人事部 人事白書2019」では、人事担当者に「社員のエンゲージメントが高い状態とはどのような状態か」という質問をしています。回答のうち、1位の「仕事そのものへの情熱・熱意」はワーク・エンゲージメントで、2位以下の「会社全般への満足感」「会社への愛着」「職務への満足」は従業員エンゲージメントでした。多くの企業では、エンゲージメントの捉え方に二つの概念が入り混ざっており、エンゲージメント施策を考える際はこの点を認識しておくべきでしょう。

<図表>ワーク・エンゲージメントと従業員エンゲージメントの違い

エンゲージメントと、ロイヤルティ、従業員満足度の違い

エンゲージメントに似た言葉に「ロイヤルティ(Loyalty)」と「従業員満足度」があります。「ロイヤルティ」は忠誠心という意味で、従業員の企業に対する忠実度を指します。「従業員満足度」は従業員が待遇や環境、報酬に対してどれだけ満足しているかを示すものです。

これらとエンゲージメントとは、結びつきの方向性に違いがあります。ロイヤルティは、従業員の企業や組織に対する執着や忠誠心を意味し、上下の関係性にあります。従業員満足度は、処遇や職務内容、職場環境などに対する評価を示すもので、企業側の取り組みに影響を受けます。それに対してエンゲージメントは、企業と従業員が双方向の関与によって結びつきを強めていくものです。

<図表>エンゲージメントと、ロイヤルティ、従業員満足度の違い

「エンゲージメント」の詳細・事例

近年、エンゲージメントが人事領域で注目される背景には、日本企業の人事制度の変化があります。働き方の多様化や人材の流動化によって、企業には個人を引き留めるための魅力づくりが必要になりました。働き方改革により、生産性向上を図る必要が生まれたことも要因の一つです。また、最近では人的資本経営への関心が高まったことで、その指標となり得るエンゲージメントを測るサービスへの注目度が増しています。

エンゲージメントを高めるには、給与アップや労働環境の改善だけではなく、従業員が企業のビジョンを理解したり、企業が従業員の成長を支援したりすることによって、双方が理想とする成長の方向をすり合わせる必要があります。エンゲージメントを高めるポイントとしては「企業ビジョンへの共感」「仕事のやりがいの創出」「働きやすい職場づくり」「従業員の成長支援」などが挙げられます。

以下では、実際に企業がどのようにしてエンゲージメント向上に取り組んでいるのか、事例を紹介します。

参天製薬の事例

参天製薬でエンゲージメントサーベイを実施したところ、「基本理念」の理解度は高いが、「日々の実践や行動」や「ビジョン・戦略」に関する数値が低い傾向にあるとの結果が出ました。このデータを基に「会社のビジョンや戦略がなぜ実践できていないのか」を軸にしてヒアリングを進めた結果、上司とメンバー間に「思い込みとズレ」があることが分かりました。

そこで同社は成功循環モデルの中で「関係の質」の改善にフォーカス。関係の質を高める際に重要な「観察・質問・傾聴・認知・承認」を意識できるよう、社内での対話やコミュニケーションをサポートするようにしています。

KDDIの事例

KDDIは社員エンゲージメントを二つの形で捉えています。一つ目はエンプロイー(従業員)エンゲージメントで、「会社・職場が好き」なことであり、個人の組織に対する自発的な貢献意欲。二つ目はワーク・エンゲージメントで、「仕事が好き・楽しい」ことであり、個人が主体的に仕事に取り組んでいる状態です。同社はこの二つが重なり合う職場が理想と考え、社員エンゲージメントの向上につながる取り組みを行っています。

  • 人事本部の若手有志がエンゲージメント向上活動「I×Hプロジェクト活動」を実施。目的は自律的なキャリアデザイン、組織を超えた交流、ワクワクする社員体験。自分のキャリアを考え始めるための自律的な取り組みとして、3ヵ月に一度「キャリアデザイン会議」を開催。第1回のテーマは「KDDIでのキャリア形成」で、社長が講演で自らのキャリア振り返ったほか、KDDIで活躍する先輩社員によるパネルディスカッションを開催した。
  • 社内カウンセラー制度では、経験のあるマネジャー職がカウンセラーとなり、半期に一度面談を実施。
  • デジタルメンタルヘルスでは、AI分析によりメンタルケアをサポート。
  • ワークスタイル変革では全社一律のドレスコードを廃止し、スーツ・ネクタイから脱却。
  • 禁煙への取り組みでは2020年1月に喫煙室を半減し、2020年4月にオフィス内を全面禁煙。

カゴメの事例

カゴメは、従業員と会社のリレーションシップを向上させるには従業員に働きやすい環境を提供することが必須と考え、個人の暮らし方を向上させる「生き方改革」を推進。具体的に次のような施策を行い、成果を上げています。

  • スケジューラーと勤怠システムを連動させることで、総労働時間の見える化を実現。上司は部下の行動を簡単に把握できるようになった。
  • 個人の状況や仕事内容に応じて勤務スタイルを柔軟に選べるよう、フレックス勤務制度を導入。勤務時間の分割も認めて柔軟性を極限まで高めたところ、総労働時間の短縮につながった。
  • 副業を全面的に解禁することで、従業員が1ヵ所に限定しない多様なキャリア構築の機会を作り出した。
  • 単身赴任をなくし、今後増えると予想される育児や介護との両立に対応するため、「地域カード」制度を新設。カードを利用すれば、自分の希望する場所で勤務できる。

エンゲージメントの注意点

米国ギャラップ社のエンゲージメントに関する調査(2017年)によれば、日本は「熱意あふれる社員」の割合が6%で、調査対象139ヵ国中132位と世界でも最下位レベルとなっています。また、「日本の人事部 人事白書2019」で、人事が自社のエンゲージメントの状態をどのように認識しているかを調査したところ、「どちらかというと低い」と「低い」を足すと56.9%で、半数を超える人が「低い」と認識していました。日本ではエンゲージメントが低くなる傾向があり、加えて、人事も自社のエンゲージメントを低いと捉える傾向があります。

法政大学大学院 政策創造研究科 教授の石山恒貴氏は、日本でエンゲージメントが低い理由について次のように述べています。

「ギャラップ社のジム・クリフトンCEOは『ミレニアル世代と日本企業のマネジメントに乖離がある』と分析している。個々の強みを考えて、もっとフィードバックや承認を増やすべきではないか。また『集団の調和を過度に重んじる』とも言っている。部下は上司の言うことに逆らわず、上司はその状態が心地よくなってしまっている。そういう状態が続いているのかもしれない」

また、ロート製薬で取締役CHROを務める髙倉千春氏は、日本人のエンゲージメントスコアが国際比較で低い事実について、次のように述べています。
「低くなる理由は、日本人にまだ組織に属したサラリーマン的なマインドがあり、グローバルで比較したときに、プロの仕事人になり切れてないからではないか」

日本企業はエンゲージメント向上策を講じるうえで、こうした特性があることを認識したうえで施策を進める必要があります。

「エンゲージメント」と戦略人事

髙倉千春氏
(ロート製薬株式会社)

戦略人事を推進するうえで、エンゲージメント向上は欠かせない要素となりつつあります。ここでは、これからのエンゲージメントの方向性について、人事トップが語っている実例を紹介します。外資系製薬・医療機器企業の人事部長を歴任し、味の素でグローバル戦略推進に向けた人事制度の構築を行い、現在、ロート製薬で取締役CHROを務める髙倉千春氏は、「日本の人事部 HRカンファレンス」の講演で、次のように述べています。

エンゲージメントの意味合いが変遷しており、昨今は「Sustainable Engagement(エンゲージメントは持続可能か)」が注目されている。持続可能なエンゲージメントとは、生産的な職場環境、心身の健康などによって維持される、目標達成に向けた高い主体的貢献意欲や組織に対する帰属意識のことだ。
日本企業は「意思決定のスピード」「権限委譲」「期待されている以上の貢献」の三点が弱い。未だ就職ではなくて就社であるという意識から抜け出せていない。企業側は社員に自発性を期待していながら、この部分は弱いままだ。
なぜ、この先「持続可能なエンゲージメント」が必要になるのか。理由は六つある。
  • 社員個人と会社組織の関係の変化(働くことの意味)
  • 多様な『個』がイノベーションの源泉になっている
  • 変化の速い外部環境に対し機動的に対応できる現場になっている
  • 社員は一人ひとりが考え続ける思考力を問われる
  • 心理的安全性の担保
  • 上司と部下の関係変化(健全な上司力、people management)
これからは社員一人ひとりが主役であり、その貢献の総和が競争力の源泉、企業価値の創出のドライバーとなる。実際、社員個人と会社組織との関係は変わってきているのではないか。
そして、人の関係性はメンバーシップ型からジョブ型に変わるのではないか。組織体もピラミッド型からフラットでオープンになっていく。そうならないと、イノベーションは起きない。また、ワーク・エンゲージメントはより個人の問題となっていく。
では今後、企業はどうしたらいいか。エンゲージメントの次に今後重要になるものに「EX=“Employee Experience(働くことによる体験)”」がある。EXとは、企業に入って、そこで社員としてどれだけの経験ができるのか、ということだ。働くプロセスの中で自分はどれだけの体験ができるかということが、今後、若い世代で重視される。それができなければ、エンゲージメントは高まっていかないだろう。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

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