ベトナムで人材サービスを立ち上げて人生が変わった
――創業70周年で社長に就任。
「100年企業」への礎を築く

株式会社廣済堂 代表取締役社長

根岸 千尋さん

人生のターニングポイントになった、ベトナム現地法人の立ち上げ

これまでの仕事人生を振り返ったとき、最も印象に残っていることや、大きな影響を受けた仕事について教えていただけますでしょうか。

ビジネスパーソンとしても、50年歩んできた自身の人生においても、一番の財産は、廣済堂でベトナム現地法人の立ち上げに携わった3年半にあると感じています。

先ほどお話したとおり、廣済堂に入社してから数年は、国内の人材紹介・派遣事業の責任者を任されていました。事業が軌道に乗り始めたところで考えたのが、「海外で人材ビジネスを始めたら、面白いのではないか」ということ。2012年、さまざまな都市を視察するなかで、注目したのがベトナムでした。

根岸 千尋さん(株式会社廣済堂 代表取締役社長)

今でこそ、日本からたくさんの人材会社がベトナムに進出していますが、当時は、ブルー・オーシャンに近い状態でした。製造業や小売業などの日系企業が多数あり、現地の人の雰囲気も良く、すっかり気に入ってしまった私は、帰りの飛行機の中で事業計画書を書き、翌週の経営会議でベトナムでの事業プランを提案したのです。

私は国内事業の責任者を務めていましたから、日本で海外事業を統括し、現地には別のスタッフに行ってもらうつもりでいました。ところが、社長からこう告げられたのです。「根岸が現地に行くことが、承認の条件だ」と。まさに青天の霹靂(へきれき)でしたね。会社を辞めようかと悩み、妻に相談したところ、「やる前に逃げずに、やってみてダメだったら辞めればいいんじゃない?」と後押しされ、単身でベトナムに行くことにしました。

ベトナムで、一から現地法人を立ち上げる苦労は並大抵のものではなかったと想像します。

そうですね、本当に一人で放り出されたようなものでしたから。自分で住居を探し、オフィスを借り、Facebookを使ってベトナムの現地スタッフを3人採用。彼らと日本人スタッフ1人、私の計5人で事業を始めたのですが、オフィスの内装が仕上がるまでに1ヵ月かかったため、その間は毎日カフェに集まって無料のWiFiを拝借し、電話営業をかけ、そこから外出もしていました。毎朝8時に来店してコーヒー1杯で丸一日居座るので、カフェのオーナーから注意されたこともありましたね。オフィスが無事に完成したときは、みんなで万歳して、喜び合ったものです。

ベトナムの現地法人で手がけていたのは、日系企業に対するベトナム人の人材紹介サービスと、ベトナム語でビジネスマナーやマネジメントを教える研修サービスです。まだ日本の人材会社が進出する前でしたから、大変ながらも、手応えがありました。現地スタッフと一緒に屋台でごはんを食べて、人材の探し方や面談の仕方など人材紹介のイロハを教えこむ。自ら電話営業をして、日系企業が入っている工業団地やオフィスビルを片っ端から飛び込み訪問する。そんな日々でした。

ホーチミンに最初のオフィスを開き、翌年は首都ハノイに進出。さらに次の年にはインドネシアの首都ジャカルタに新拠点を構えました。毎年1拠点ずつ立ち上げながら、日本語学校をはじめとする2社のM&Aを成功させ、軌道に乗ったところで、日本に帰国しました。

ベトナムに行ったことで、ビジネスパーソンとして何か変化はありましたか。

マネジメントの考え方や心構えが大きく変わりました。ベトナムに行く前の私は、部下とのコミュニケーションにおいて「質」を高めることを重視していました。しかし、「質」も大事なのですが、もっと大事なのは、コミュニケーションの「量」だと気づいたのです。

ベトナムの現地スタッフとは英語で話します。お互いに英語は母国語ではありませんから、余程しっかりとコミュニケーションを取らないと、心を開いてもらえません。毎日同じ釜の飯を食って、何気ない会話を重ね、こちらが一生懸命に丁寧に働きかけていくと、だんだんと心が通い合うようになっていきます。

ベトナム人は会社を辞めやすいという話を聞いたこともありましたが、私が採用した現地スタッフは、私がベトナムにいる間はほとんど辞めませんでした。3年半で築いたスタッフとの絆は、これまでにない、とても強いものでした。私が帰国する前日に盛大な送別会を開いてくれたのですが、翌早朝、私が飛行機に乗るために空港を訪れると、現地スタッフ全員がサプライズで見送りに来てくれていたのです。不覚にも号泣してしまいました。仲間と深い絆を築けた経験は、私にとってかけがえのない財産です。

帰国後、国内外の人材ソリューション事業を統括する取締役になった私が最初にしたことは、事業メンバー200人全員との面談でした。青森から大阪まで全拠点を回り、一人あたり15分と短い時間ではありましたが、顔を合わせて話をしました。人とのつながりを大切にし、コミュニケーションの量を確保することは、私のマネジメントの指針となっています。

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