仕事を選ぶプロセスや意思決定はもっとクリエイティブであるべき
採用にまつわるデータをオープン化して世の中をあるべき姿に変えていく

株式会社ワンキャリア 代表取締役社長

宮下尚之さん

宮下尚之さん(株式会社ワンキャリア 代表取締役社長)

「大学生が年間を通してもっとも利用した就職サイト」調査において、文系・理系ともに第2位となったのが『ONE CAREER』です。特に45万件を超える就職活動の体験情報は、就活生から圧倒的な支持を受けています。開発・運営元は株式会社ワンキャリア。2020年には人事向けの採用DX支援サービス『ワンキャリアクラウド』もリリースし、利用企業を急速に伸ばしています。2015年に同社を創業し、現在も代表取締役社長を務めているのが宮下尚之さん。『ONE CAREER』をわずかな期間で日本を代表する新卒採用支援メディアに育て上げた背景には、どんな経験や考え方があったのでしょうか。また、急速に変化する日本の雇用環境の中で、次にどんな新サービスを構想しているのでしょうか。人事・採用業界に関わる人なら誰もが知りたいテーマについて、詳しくうかがいました。

Profile
宮下 尚之さん
株式会社ワンキャリア 代表取締役社長

みやした・たかし/2010年、Mars Japan Limited に入社。同年、株式会社トライフを創業。2015年、株式会社ワンキャリアを創業。以来、新卒採用支援メディア『ONE CAREER』、中途採用支援メディア『ONE CAREER PLUS』、採用DX推進を支援する人事向けサービス『ワンキャリアクラウド』など、採用市場を変革するサービスを次々とリリース。

大学時代から強かったビジネスへの興味

大学在籍時からビジネスに強い関心を持っていたとうかがいました。

ひとつの要因として、環境があると思います。私の祖父は経営者でしたし、親しかった友人の実家でも会社を経営していたので、私にとって経営はそれほど特別なことではありませんでした。もうひとつは、大学での勉強にあまり興味を見出せなかったこともあります。

大学時代はどのようなビジネスをされていたのでしょうか。

ファッション業界や化粧品業界のプロモーション、それに付随するイベントの企画制作などです。2008年のリーマン・ショック以降は、悪化した地方の大学生の就職環境をなんとかしようと、学生団体を立ち上げて企業説明会を誘致することもはじめました。それがHRに関わるようになった最初のきっかけでした。

社会人としてのキャリアはどんなスタートだったのでしょうか。

新卒で入社したのは、外資系消費財メーカーのマース ジャパン リミテッド。チョコレート菓子の「M&M’s チョコレート」「スニッカーズ」などで有名な企業です。マースを選んだのは、約100年続いている「ブランド」に興味があったからでした。私は学生時代からその場限りのものをつくることよりも、長く続くブランドやビジネスに興味がありました。

経歴を拝見すると、マースに入社されたのと同じ2010年に株式会社トライフを創業されています。二足のわらじを履かれていたのでしょうか。

トライフは大学時代に手がけていた学生ビジネスの延長で、顧客企業と取り引きするために法人化したものです。代表は私でしたが経営はもっぱら大学の後輩たちにまかせて、私自身はマースでの仕事に打ち込んでいました。

マースで学んだのは、自分たちが築いてきたブランドを「資産」と捉え、大切にしていくブランドビジネスの基本です。この考え方は今の私の仕事にも生きていると思います。また、経営企画の業務を通じて海外の優秀な人材と触れあえたのも貴重な経験でした。

とても良い環境で働いていたのですが、マースに在籍したのは1年3ヵ月くらい。入社翌年の2011年7月に退社したので、かなり早い転職ということになります。理由は、トライフの経営状況が悪化してきたことでした。主にイベントや新卒採用のサポート、アウトソーシングを手がけていて、顧客は数十社、大学生の利用者も数千人単位でいました。そういった関係者に迷惑はかけられないので、代表である自分が経営に専念して立て直す判断を下しました。

このトライフが現在の貴社(ワンキャリア)の前身なのでしょうか。

そうです。ただ、経営に専念してからも最初の3年ほどは私を含めて二人体制でした。その当時考えていたのは、会社をつぶさないことだけでした。

そこからどのような経緯を経てワンキャリア創業に至るのでしょうか。

2年ほどトライフで仕事をしているうちに「HRの世界にはデータがない」ということに気づいたのです。どの企業がどんな採用をしているのか、採用に必要な情報はどこにいくらお金をかければ得られるのか、そういったデータがオープンになっていませんでした。これをビジネスチャンスだと考えはじめたのが2013年くらいでした。

ビジネスモデルを固めてワンキャリアを立ち上げたのは2015年です。トライフで手がけていたHR関連ビジネスの中からウェブ事業だけを切り出して新会社とし、あとは清算しました。これから伸びるのはそこだと確信できていたので、すべてのリソースをその一点に注ぎ込むことにしました。

「採用3.0」でこれまで見えなかった情報を可視化

あらためて、はじめてのキャリアを選ぶ、新卒採用支援メディア『ONE CAREER』の特長を教えていただけますか。

画像「キャリアデータプラットフォームによる採用のアップデート」

まず「就職サイト」の進化の歴史についてお話ししたいと思います。リクナビ、マイナビなどの代表的な就職サイトが登場したのは1995年頃です。この当時、学生は就職サイトで求人情報を見て、それぞれの企業のホームページで企業研究をして、クチコミやセミナー情報などはまたそれぞれ専用のサイトで見る、といった時代でした。これを私たちは「採用1.0」と定義しています。

2004年頃にインディードが出てきて、求人情報と企業情報をまとめて見ることができるようになります。ここからが「採用2.0」ですが、求人以外の情報などを得るためには、別のサイトを見る必要がありました。

『ONE CAREER』は「採用3.0」を意識して立ち上げたサービスです。情報を集約して利便性を高めているのはもちろんですが、最大の特色は、私たちが「キャリアデータ」と呼んでいる「これまで見ることができなかったデータ」を可視化してオープンにしていることです。『ONE CAREER』には就活生からの体験情報をはじめ、こうした貴重なデータが45万件以上蓄積・公開されています。

新卒であれば、A社の選考は何次面接まであってどの時期に行われるのか、何人が内定をもらったのか、どんな人にチャンスがあるのか。中途なら、誰がどこに転職して、そのプロセスではどんな企業に応募していたのか。こうしたこれまで見えていなかったデータを活用することで、個人が自分らしい未来を選択できるようにすることが「採用3.0」で実現したい形です。

画像「ワンキャリアが保有するキャリアデータ」

現在、新卒の53%が入社時にミスマッチを感じ、大学生の96%がコロナ下での就活に不安を覚えているという調査結果もあります。これは大きな社会課題でしょう。「キャリアデータ」を誰もが参照できるようになれば、こうした不安も払しょくできます。また、企業に対して必要な採用手法やマーケティングデータを提供するビジネスへと発展させることも可能です。

「キャリアデータ」が重視されるようになった背景には何があるのでしょうか。

宮下尚之さん(株式会社ワンキャリア 代表取締役社長)

従来はいったん就職すれば企業がキャリアを管理してくれるので、キャリア形成について情報を広く集める必要がありませんでした。また、同じ会社の先輩を見れば、キャリア選択のイメージもできたんです。しかし、現代の雇用は「終身雇用」から「転職を前提とする雇用」へと急速に変化しつつあります。転職を前提としたキャリア形成を進めるためには、キャリアに関するさまざまなデータを広く参照することが重要であると認識されるようになってきたのだと思います。

2020年からは新たに『ワンキャリアクラウドシリーズ』の採用計画機能をリリースされていますが、どのようなサービスなのでしょうか。

端的にいえば『ONE CAREER』は学生向けサービス、『ワンキャリアクラウド』は企業・人事向けサービスです。企業が採用活動を行うにあたっても、見えない情報や手に入れるのに苦労する情報はたくさんありました。競合他社の採用スケジュールや採用手法、各大学のテストや学園祭の日程、学生の動き出すタイミングなどのデータです。『ワンキャリアクラウドシリーズ』の採用計画機能は、そうしたデータをすべて可視化して、オープンにします。年間の採用計画を立てるためのあらゆる情報が、ワンストップで入手できるサービスです。

『ONE CAREER』と『ワンキャリアクラウド』、それぞれユーザーから非常に高い評価を得ているサービスだとうかがっています。

『ONE CAREER』は「大学生が年間を通してもっとも利用した就職サイト」の調査で、2019年卒までは圏外でしたが、20年卒で3位、21年卒・22年卒では2位と着実に順位を上げてきています。二人に一人以上の就活生にご利用いただいています。体験情報を中心とした「キャリアデータ」によって、これまで見えなかったものが可視化されている、という点が高く評価されています。企業向けの『ワンキャリアクラウドシリーズ』の採用計画機能はリリースからまだ1年ですが、こちらも利用企業数を順調に伸ばしています。

ワンキャリアが求職者から支持される理由

個人のキャリアをロングタームで捉える時代へ

創業からわずかな期間で『ONE CAREER』を代表的な新卒採用支援メディアに育て上げられたわけですが、これまでどんな思いで経営にあたってこられたのでしょうか。

人生でもっとも時間を使うのは仕事です。それを選ぶプロセスがクリアではない、という思いがありました。それだけ重要なことの意思決定は、もっとクリエイティブであるべきです。個人がより的確、かつ効率的にキャリアを選択できるようになるためには、それに関するデータがもっとオープンになるべきだし、もっと蓄積されていく必要があります。

当社のミッションは「人の数だけ、キャリアをつくる。」です。実際に今では日本を代表する大企業が「終身雇用が終わる」と言いはじめています。しかし、一人ひとりが自らのキャリアを主体的に構築できるようになっているかというと、まだその環境は整っていません。その環境をつくることが、今のいちばんの関心事で、課題意識でもあります。

「キャリアデータ」を集める過程では、選考プロセスでその企業がどれだけ人材に対して多様な価値観を持っているかがわかります。そういう姿があたりまえになる時代になってほしいし、当社のサービスがそのきっかけになってほしいと思います。

現在の日本の「採用」や「仕事選び」に関する課題をどのように捉えていらっしゃいますか。

繰り返しになりますが、終身雇用が終わり、転職前提で個人がキャリアを築かなければならないのに、そのための情報が不足しているのが最大の課題だと考えています。私の前職の消費財メーカーでは、専門企業から提供されるPOSデータがあって、どの地域でどの商品がどれくらい売れたのかが一目瞭然でした。しかし、HR関連のビジネスを手がけてみると、そういったデータがまったくなく、提供していこうという企業もありませんでした。むしろ「データを抱え込んだほうがもうかる」と考えている企業のほうが多いと感じたくらいです。従来型の雇用システムが終わろうとしているので、採用や採用支援業界も変化の必要があると思います。

もうひとつは転職サポートの問題です。ある企業から別の企業にキャリアを移す、その瞬間の動きをスポット的に支援するサービスはたくさんありますが、キャリアをもっと長い時間軸で捉え、その上で転職を通じたキャリア構築を支援するような仕組みは意外にありません。

転職サポートは中途採用のマーケットということになりますが、今後はそちらの分野にも進出されるお考えなのでしょうか。

宮下尚之さん(株式会社ワンキャリア 代表取締役社長)

「ワンキャリア」という社名は、キャリアを連綿としたものとして捉えていこう、という発想から名づけたものです。そもそもキャリアとは就職や転職のときにだけ考えるものではありません。普段からどういう人生を過ごすかを考えることこそがキャリアです。その意味でのキャリアを自分らしく築ける世の中にしたいと思ったら、必然的に「新卒」「中途」といった境界線は溶けていきます。この思いは創業当初から持っています。

その上で新卒向けサービスを先に手がけたのは、「はじめての就職」の課題がとても大きいと思ったからです。大学生は就活に1年以上かける人もいます。それだけ情報を欲しているはずだし、同時にそこから得られるデータは膨大なものになります。また、新卒向けサービスを続けていくことで、今後は多くの働く人たちが「ワンキャリアなら就活で利用して知っている」という状況になっていくでしょう。中途市場は新卒市場に対して3倍以上のスケールがありますから、そこに進出する際に一定の知名度を得ていることは大きなアドバンテージになるはずです。

「ワンキャリア」というブランドを意識した戦略ということですね。

その通りです。ブランドマーケティングの世界では、「ポイント・オブ・エントリー」といいます。たとえば、代表的な成功例として、マクドナルドの「ハッピーセット」などがあります。子どもが喜ぶ商品を提供することで、早い段階からマクドナルドというブランドを認知させる。そうすると、大きくなってからもマクドナルドでの食事は楽しい、というイメージを持ち続けてくれます。

当社もまずは新卒というエントリーポイントを押さえることで、ユーザーに「キャリアデータを参照して自分のキャリアをつくっていく」という新しい行動様式をインストールしてもらう。それが普通の世の中をつくっていく。そういうベーシックな構想を描いています。

今の基準で「ばかげている」と思われたときがチャンス

コロナ禍や働き方改革などで日本の労働をとりまく環境は大きく変化しています。貴社はそのような変化にどう対応していきますか。

コロナ禍で明らかになったのは、従来のアナログな採用手法の限界でした。求職者、特に若い人たちは一瞬でデジタルに適応しました。ツールやソフトウェアを使いこなして就職活動を行っています。一方でデジタル化の対応に課題を抱えている企業が多くいらっしゃいます。当社では、採用DXを支援するサービスを今後の柱の一つとしていきます。『ワンキャリアクラウド』は、まさにその点を重視したサービスです。

同時に「エンドユーザーファースト」という基本もおろそかにはしません。企業の人事向けサービスも提供していきますが、最終的な主役はやはり求職者です。個人が主体的に自分らしいキャリアを構築するために、必要なデータを集めてオープンにしていく。この原点が変わることはありません。特にコロナ禍での就活は学生に大きな不安を与えています。はじめてのキャリア選択、それが異例づくしのコロナ禍となればなおさらです。そういった学生たちの不安を解消できるタイムリーな情報を公開していくことにも力を入れていきます。

宮下さんは、世の中を変革する新しいサービスを生み出し続けています。宮下さんのように新しいサービスやイノベーションを生み出したい、と思っている、HRソリューション業界の若い人たちに向けてメッセージをお願いします。

大前提として、私自身がまだ何も成し遂げたわけではありませんし、チャレンジの途中です。既存のマーケットにとらわれずに、世の中を「あるべき姿」に変えていきたいという思いが大切だと思います。新しいものを生み出そうとすると、今の世の中を基準とした厳しい意見をもらうことになります。革新的なものは今の基準では「ばかげたもの」にしか見えないからです。

しかし、新しいものをつくるときに目を向けるべきは、今ではなく未来です。答えが出るのは10年後なので「ばかげている」と言われても、自分を奮起させるためのエネルギーにする、そういう力が大事だと思います。私は「ばかげている」と言われたときにはチャンスだと思っています。もし周囲の無理解に悩んでいる人がいたら、ぜひそのように考えてみてほしいです。

宮下尚之さん(株式会社ワンキャリア 代表取締役社長)

(取材:2021年7月28日)

社名株式会社ワンキャリア
本社所在地東京都渋谷区桜丘町20番1号 渋谷インフォスタワー16階
事業内容キャリアデータプラットフォーム事業(採用DX支援サービス、その他)
設立2015年

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「HRペディア「人事辞典」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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