人事・労務の常識を変えるクラウドサービス「SmartHR」
「自分たちの代表作をつくりたい」という思いが
原動力に

株式会社SmartHR 代表取締役 CEO

宮田昇始さん

人事・労務の課題に向きあうことで生まれた「SmartHR」

 現在、多くの企業から高い評価を受ける「SmartHR」ですが、開発に至る背景をお教えください。

突然出てきたアイデアではなく、2番目の事業アイデアだった法人向けITサービス比較サイトから、徐々に角度を変えていく中で生まれたものです。ITの場合は、エンジニアがサービスの選定を担うことが多いわけですが、よくニーズを探っていくと、彼らはその選定作業自体をけっこう楽しんでいる。つまり、本当の意味では困っていないんです。そこで本当に困っている人たちはいないのかと考え、たどりついたのが「人事」でした。とりわけ、産業医や評価制度コンサルタントといった、企業が成長していく過程の中で一度か二度しか発注しないようなものに関しては、知見もないし調べ方もわからないんですね。人事には間違いなくニーズがあることを確信しました。

もう一つヒントになったのは、アメリカの「Zenefits(ゼネフィッツ)」というサービスです。入退社手続きを簡便化するサービスを提供するかわりに、新入社員と民間保険会社をマッチングしてマネタイズするというもの。2015年には配車サービスのUber(ウーバー)に次いで伸びていましたが、社会保険制度がある日本では難しいだろう、と言われていました。私もそう思っていたのですが、ちょうどその頃、出産を控えた妻が自宅で産休・育休の申請書類を記入しているところにでくわしたのです。妻は10人くらいの小さい設計事務所に勤めていて、そういう小規模事業所では専任の人事労務担当者がいないので、人事関係の書類を従業員が自分で書くことがよくあるようなんです。不慣れな書類に妻が苦労しているのを見て、思い出したのがゼネフィッツでした。「日本には民間保険会社が介在する余地はないが、そもそもこのペーパーワークは大変だ」とひらめきました。知り合いの経営者に聞いてみても、皆さん困っている。「人事の中でもこの分野だ」と確信したのです。

ヒューマン・アソシエイツ・グループの組織構成

 ご自身の身近なところに最大のヒントがあったということですか。

さらにつけ加えると、書類作成が大変だと気づき、自分がハント症候群で闘病した時の記憶がよみがえってきたのです。社会保障制度のひとつである傷病手当金を受給し、それによって2ヵ月間、生活費の心配をしないで療養に専念できて、とてもありがたかった。スタートアップの事業アイデアを検証するフレームワークの中に、「この事業をあなたたちが手がける意味は何ですか」という質問があります。経験や知見を確認するとともに、取り組むモチベーションを問うものです。それを当てはめた時、これはかつて社会保険に助けられた自分たちが取り組むべき事業だ、と確信できたのです。

 とはいえ、残り1ヵ月でサービスを具体化する作業は相当大変だったのではありませんか。

まず行ったのは、人事や社会保険実務の本を買って読むことでした。そして、自分たちの手続きを自分でやってみるところからスタートしました。1ヵ月で「SmartHR」のアルファ版を開発、その試験導入に2週間で140社が集まりました。知り合いにはまったく声はかけずに、Facebookで人事担当者に向けて「2万円分」だけ広告を出したのです。普通、法人向けのサービスに1社当たり百数十円で顧客が集まるなんて考えられません。この反響、数字がニーズの高さを示していると思いました。その140社に、特に何に困っているのかヒアリングをさせてもらい、入退社時に発生する社会保険、雇用保険の手続きのニーズが高いことが改めて浮き彫りになりました。そこで、最初は入退社まわりに絞ってシステムを組んでいきました。

この時は、たしかに時間との戦いという意味で大変ではありましたが、はっきりいってそれ以前の2年間、進むべき方向性が決まっていない、このままやって成功するかどうかわからない、という時の方がしんどかったですね。「SmartHR」のアイデアが固まってからは、ユーザーの課題をヒアリングしてそれを確実に解決していけばよかった。苦労というよりも、迷いが消え、やるべきことが明確になった喜びの方が大きい時期でした。

 試験導入の140社から、現在まで順調にユーザー企業を拡大していますね。

2017年10月現在の顧客数は約6,900社。当初は従業員10人未満くらいで、社長が事業の片手間でバックオフィス業務をやっているような企業の利用を想定していたのですが、ふたを開けてみると、サービス開始直後から50人以上の中堅企業でもニーズがあることがわかりました。最近では、従業員数千人規模の企業でも導入されています。業種もITからアパレル、飲食、医療、建設と、どんどん広がっています。

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