探求心を持って常に新しいことに挑戦してきた
今は、エクスペリエンス(体験)管理を世の中に広めたい

クアルトリクス合同会社 カントリーマネージャー

熊代 悟さん

写真:熊代 悟さん(クアルトリクス合同会社 カントリーマネージャー)

企業が持続的に成長するためには、顧客や従業員の声に積極的に耳を傾け、より魅力的な価値を提供することが求められます。その鍵となるのが、顧客や従業員の「エクスペリエンス(体験)」の管理です。これをリアルタイムで集計・分析し、迅速かつ効果的なアクションに結びつけるプラットフォームを提供するのが、米国に本社を置くクアルトリクスです。同社は2018年に日本法人を設立。初代カントリーマネージャーとして日本市場の開拓を進めてきたのが熊代悟さんです。熊代さんのリーダーシップのもと、大手企業を中心に多くの導入実績を積み上げてきました。熊代さんのキャリアの歩みから、クアルトリクスが提唱する「エクスペリエンス管理(XM)」の理念、同社サービスの特徴や強み、さらに日本市場の現状と今後の展望についてお話をうかがいました。

プロフィール
熊代 悟さん
クアルトリクス合同会社 カントリーマネージャー

くましろ・さとる/米国ワシントン州立大学ホスピタリティー経営学部卒業。ウェスティンホテル東京の開業メンバーとして入社しビジネスのキャリアをスタート。実世界でのカスタマーエクスペリエンスを提供。その後、金融機関向けIT人材サービスの米国・英国本社の日本支社立ち上げに携わる。米国ドキュメンタム(現オープンテキスト)、2005年に米インターウォーブンの日本法人に入社し、Webコンテンツ管理(CMS)でのカスタマーエクスペリエンスソリューションを日本市場に販売。2007年日本法人代表に就任。その後英オートノミー(2009年)、米HP(2012年)、加オープンテキスト(2016年)にインターウォーブン事業が買収されるも、移籍し継続してインターウォーブン事業を統括。2018年1月より日本におけるクアルトリクス事業の立ち上げで入社。個人レベルでは世界最高のおもてなしができる日本の市場にてクアルトリクスのエクスペリエンス管理(XM)を訴求し日々事業を拡大。

米国留学を経て日本拠点の立ち上げを連続で経験

米国の大学を卒業されていますが、留学のきっかけや学生時代の経験について教えてください。

私の父は旅行関係の仕事をしており、英語が堪能でした。幼少期から自宅に海外からの電話が頻繁にかかってくる環境で育ったため、自然と「自分も英語を身につけ、外国人と対等に話したい」と思うようになりました。大学進学時にその夢を実現するため、家族の後押しもあって米国への留学を決意。進学先はワシントン州立大学のホスピタリティー経営学部で、英語だけでなく、将来につながる専門知識を学びたいと考え、日本では当時まだ学べなかったホテルビジネスの学科を選びました。

英語の習得には苦労しましたが、幸いホームシックにはなりませんでした。新しい世界を知る楽しさが勝っていたからです。この経験がなければ、私のキャリアは大きく変わっていたでしょう。現在でも英語の勉強は続けていますが、留学のおかげでビジネスの場でも使えるぐらいの力は身につけられました。

卒業後はウェスティンホテル東京の開業メンバーとしてキャリアをスタートされていますね。

大学時代にお世話になった教授がウェスティン出身だったこともあり、同ホテルが東京に開業することを知り、エントリーしました。内定をいただいた後、ロサンゼルスの同ホテルで半年間、住み込みのインターンを経験しました。1994年に東京のオープニングスタッフとして入社後はフロントデスクを担当し、海外からのお客さまも多い中でホテル業務全般を学ぶ貴重な機会を得られました。ウェスティンホテル東京には約5年間勤務しましたが、そこで得た経験は今でも大きな財産になっていますね。

1999年にIT業界へ転職されていますが、その経緯を教えてください。

長期滞在していたお客さまの一人に、ニューヨークでヘッドハンティング会社を経営している方がいました。親しく話す中で、「外資系金融機関向けにITエンジニアを紹介するオフィスを東京で立ち上げるから、手伝ってほしい」と誘われたんです。非常に興味深い話でしたが、すぐに決断できる内容ではなく、悩みました。当時はフロント支配人を目指して努力していて、上司からの推薦も受けていましたが、人事からは「君は優秀だがまだ若すぎる」との評価でした。半年間悩んだ結果、もっと実力で評価される世界に挑戦しようと転職を決意しました。

しかし、それまでとは全く異なる業界で、ITの知識はほぼゼロ。社内でのコミュニケーションは英語が主流で、日本人は私一人です。最初はエンジニアの紹介業務に苦戦しました。先輩たちに教わりながら、少しずつ業務を覚えていきました。特に、採用企業のマネジャーやエンジニアの候補者から学ぶことが多く、ITの基礎知識を身につけられたのは非常に貴重な経験でしたね。

そのヘッドハンティング会社は約1年半で日本から撤退してしまいましたが、すぐに別の英国系人材会社から日本オフィス立ち上げの仕事を依頼されました。前職で得た法人登記や人材紹介ライセンス取得といった経験が役に立ち、ここでも約1年半にわたり業務に携わることができました。

2002年には米国系ソフトウエア会社、ドキュメンタムに転職されていますね。

外的要因で、2001年は金融系ITエンジニアの採用市場が急激に縮小し、ヘッドハンティング業務の脆弱さを痛感。すでに結婚して家庭も持っていたため、成長が見込める業界で働きたいと思うようになり、ドキュメンタムに転職しました。

ドキュメンタムの主力製品は文書管理システムで、例えば製薬会社が新薬の申請に使用する大量の治験データを電子化するツールなどを提供しています。私は主にマーケティング業務を担当しましたが、時には営業も行い、IT業界の最前線を経験できたことは大きな収穫でした。その後ドキュメンタムは米国のストレージメーカーであるEMCに買収されました。私はやはりソフトウエアに携わりたいと感じ、2005年にCX(カスタマーエクスペリエンス)管理ツールを扱う米国系ソフトウエア会社である、インターウォーブンに移ることに決めました。

写真:熊代 悟さん(クアルトリクス合同会社 カントリーマネージャー)

エクスペリエンス管理は「おもてなし」に通じる

インターウォーブン社は、現在の貴社に近い業種と言えるのでしょうか。

CX(カスタマーエクスペリエンス)にはさまざまな形がありますが、インターウォーブンが扱っていたのは企業のWEBサイトのコンテンツ管理ツールです。顧客ごとに最適な画面を提供する仕組みが特徴でした。私は最初の2年間は営業を担当し、その後、カントリーマネージャーとして拠点全体を任されました。当時、日本拠点は設立から10年弱、社員数も約30人ほどでした。拠点の売上をつくるだけでなく、メンバーの育成や海外本社との連携も私の仕事。特に本社には、日本市場の特性を理解してもらうため、遠慮せずに意見を伝えるように心がけました。この姿勢は今でも変わりません。

インターウォーブンは、私が在籍した12年間で4度も買収されました。同じ製品を扱い続けましたが、内部システムが買収のたびに変わり、その対応には苦労しましたね。ただ、その経験のおかげで、日本だけでなく韓国、中国、さらにアジア・パシフィック全域の管理を任されるまでにキャリアを広げることができました。

2018年にクアルトリクスに移られた理由を教えてください。

クアルトリクスからは、日本拠点の立ち上げを任せるという話をもらいました。IT業界での経験は15年以上ありましたが、拠点立ち上げの経験はなかったので、これを機に挑戦してみたいと思ったんです。また、日本市場に関わり続けたいという思いも強かったです。

クアルトリクスの製品にはどのような印象を持たれていましたか。

CXツールに長く携わっていたので、クアルトリクスの製品には以前から興味を持っていました。インターウォーブンのツールは、顧客の性質をある程度理解している前提でコンテンツを管理しますが、クアルトリクスは顧客分析からスタートする点が大きな違いです。企業が考えている顧客像が本当に正しいかどうかを検証できるのは、CXにおける画期的なアプローチだと感じました。

さらにクアルトリクスは、CXよりも広範な概念であるXM(エクスペリエンス管理)を提唱しています。私の最初のキャリアがホテル業界だったこともあり、「おもてなし」の精神に通じるものがあると直感しました。日本のおもてなしは1対1の対応では世界一だと思いますが、組織全体で提供しようとすると、縦割りの弊害で十分に力を発揮できないことがあります。クアルトリクスのツールを導入すれば、組織横断的に最高のサービスを提供できると確信しました。しかも初期投資がほとんどいらないSaaS型のソリューションなので、日本市場に必ずフィットすると思いました。

日本拠点を立ち上げて約6年ですが、現状の手応えはいかがですか。

想像以上のスピードで成長できたという実感があります。最初は米国から来たスタッフと私の2人でスタートしましたが、現在は120人以上の規模に拡大。導入企業は日本国内では大手企業も含み500社を超えました。「Quality(品質)」と「Metrics(測定基準)」を掛け合わせたフレーズに思いを込めた「Qualtrics(クアルトリクス)」という社名も含めて、今では徐々に浸透し、知名度が高まってきています。

世界で2万社以上が導入するクアルトリクス

貴社が掲げる「XM(エクスペリエンス管理)」とはどのようなものですか。

顧客体験は、顧客目線での体験やそこから得られる価値を指します。日本企業は長年、良い製品を作れば売れると信じてきましたが、情報化が進んだ現在は、競合商品がすぐに登場します。そこで重要なのが「体験」です。製品が優れていることは当然の前提で、そこに体験価値を加えることで、顧客との継続的な関係を築くことが可能になります。例えば人気のカフェにコーヒーを飲みに行く場合、値段が高かったとしても、店の雰囲気や接客という体験に価値を感じ、多くの顧客が集まります。クアルトリクスの「XM(エクスペリエンス管理)」は、顧客の声を企業全体で管理し、体験を最適化するためのツールなのです。

また、XMで重要な要素は「従業員体験」です。従業員が自身の職場や仕事に納得していないような環境では、質の高い顧客体験を提供できません。しかし、日本ではエンゲージメントを担当するのは人事部門、顧客満足を担当するのは営業部門と、縦割りで管理されていて、両者を関連づけて捉えることが難しいのが現状です。クアルトリクスのXMツールは、顧客体験、従業員体験、製品体験、ブランド体験といったさまざまな「体験」を一元的に管理することを可能にします。

多くのグローバル企業はXMを経営の最重要課題の一つとして位置づけています。IT専門調査会社・IDCの調査でも経営の優先順位の2番目に挙げられていますが、日本ではまだ9番目と大きな差があります。しかし、多様な価値観を持つ若年層の割合が増える中で、国内でもXMへの関心が高まりつつあります。

クアルトリクスの「XMプラットフォーム」の特徴や強みはどのような点ですか。

まず、SaaS型でリアルタイムにデータを集計・分析できることが大きな強みです。従来の満足度調査では結果が出るまでに3ヵ月かかることもありますが、クアルトリクスならすぐに結果が出ます。しかも操作が簡単で、BIツールやデータアナリストも必要ありません。現在、世界で2万社以上に活用されています。

次に、全社レベルだけでなく、部署ごとでもデータを抽出できる点です。経営層はもちろん、マネジャーやリーダーも自分の担当部署の状況を把握できるので、問題があればすぐに改善が可能です。新人研修などイベント単位での分析も可能なので、機動的に運用できます。こうした部分最適を積み上げて、全体最適、さらにはエンゲージメント向上に結びつけられます。

三つ目は、改善のアクションまで意識できる点です。たとえば、コミュニケーションに課題があると感じた場合、プラットフォーム上で「1on1ミーティングを実施する」と宣言すれば、次回の調査でその効果を測定できます。このPDCAサイクルを回すことで、企業独自のエンゲージメント向上ノウハウを蓄積していける仕組みです。

写真:熊代 悟さん(クアルトリクス合同会社 カントリーマネージャー)

コンサルティングも行っているそうですね。

はい。当社には組織心理学や産業心理学の知見を持ったスタッフがいて、どのような設問が効果的か、状況に応じたアクションの提案も行っています。当社だけでカバーできない部分は、コンサルティングを得意とするパートナー企業と協働することもあります。また、「XMコミュニティー」を通じて、ユーザー企業と導入を検討している企業同士の講演会や情報交換会を定期的に開催しています。各社の担当者同士で知見を共有できる場として、毎回大いに盛り上がっています。

ただし、XMはツールを導入すれば完結するものではありません。顧客や従業員の声をアクションに結びつけるためには、主体的な企業文化の醸成が必要です。現場のマネジャーがその気にならないと、いくら人事が働きかけても進展しません。企業文化を変えるには、3〜5年の本格的な取り組みが求められます。私たちは、その変革の道のりを最後までサポートし続けます。

経営の未来を左右する従業員との向き合い方

現在の日本企業の人事、特に従業員体験に関する現状や課題について、どのようにお考えですか。

近年、従業員向けのサーベイを年1回以上の頻度で行う日本企業も増えてきました。日本では、かつて終身雇用が前提だったため、離職リスクが低いと考えられていました。しかし、若い世代、特にZ世代は価値観が大きく変わり、転職という選択肢も視野に入れて働く人が増えています。従来の採用や教育プロセスをそのまま続けることは、今後企業にとってリスクになり得るでしょう。そのため、従業員体験をより細かく管理し、迅速に対応することが急務なのです。

また、近年の人事トレンドであるキャリア自律、パーパス経営、ウェルビーイング、ダイバーシティ&インクルージョンなどは、いずれも個別の「従業員との向き合い方」が鍵となります。それらを包括する人的資本経営、エンゲージメント向上活動を推進するためには従業員の声を把握し、改善に向けた具体的なアクションを通じて、組織の生産性を高めていくことが求められます。経営陣が単なる定点観測のためだけにサーベイを行うのではなく、XMを活用してアクションにつなげ、競争力を高める組織へと変革していかなければなりません。海外では、XMに取り組む企業とそうでない企業との競争力の差が明確になってきています。

HRテクノロジー、SaaS業界の現状や課題についてはどのようにお考えですか。

課題を持つ顧客企業に対して、「今、これが必要です」というメッセージを的確に伝えることが重要です。人事は経営全体に直結する問題です。例えば、店舗型の企業では、従業員がどのように感じているかが顧客対応や提供価値に直結し、ひいては業績に影響を与えます。しかし、危機感を持っているのは現場の従業員や人事担当者だけで、経営陣はそこまで意識していないケースが多いのが現状です。私たちは、そういった顧客企業の経営陣や人事担当者に対して、データを示しながら本音レベルで納得してもらえるように提案することを意識しています。

AIを活用した大規模な投資を進めているとのことですが、今後の取り組みについて教えてください。

昨年、グローバル全体でこの先4年間に5億ドルをAI開発に投資する計画を発表しました。それに加えて、日本市場に向けて今後5年間で1億ドル以上を投資することを発表しました。すでに専門的な知見がなくてもデータを分析しやすくするAIサポートや、サーベイの回答に基づいて追加の質問をAIが自動生成する仕組みなどを開発中です。AI以外でも、パートナー企業の拡充やユーザーコミュニティーの強化にも投資していきます。

今後は、従業員体験データの活用シーンを拡大し、顧客企業の戦略の実現に貢献していきたいと考えています。エンゲージメント向上や離職率改善、さらには例えば従業員のメンタル面のチェックやさまざまな体験に対する受け止め方の把握、そして他のHRシステムとの連携を通じて、より高い利便性を提供していきます。

熊代さんが仕事をする上で大切にしていることは何ですか。

「この製品を広めたい」という強いパッションですね。これは入社当初から変わりません。同じ目標を共有する仲間や従業員を大切にすることも重視しています。日本の「おもてなし」精神は素晴らしいものだと信じていますので、クアルトリクスのソリューションを通じて、それを世界に証明していきたいと考えています。私は、日本市場が米国に次ぐ規模になれる可能性があると確信しています。

最後に、HRソリューション業界で働く若手の方々にメッセージをお願いします。

私のキャリアを振り返ると、常に新しいことにチャレンジし続けてきたと思います。留学、日本拠点の立ち上げ、人材ビジネスやIT業界への挑戦など、常に探求心を持って取り組んできました。諦めずに挑戦し続けてきたことが今の自分をつくっています。うまくいかないときでも粘り強く続けることが大切です。

また、チャンスを与えてくれたのは「人とのコミュニケーション」でした。打ち合わせ後の雑談からでも学べることがあり、機会はどこに転がっているかわかりません。自分が一歩を踏み出す意識を持てば、なりたい自分に近づくことができるのではないでしょうか。

写真:熊代 悟さん(クアルトリクス合同会社 カントリーマネージャー)

(取材:2024年9月10日)

社名クアルトリクス合同会社 / Qualtrics Japan LLC
本社所在地東京都千代田区丸の内1丁目5ー1新丸の内ビルディング 37F
事業内容日本におけるクアルトリクス製品の販売・サポート・導入支援/企業や組織向けアンケート調査のプラットフォームの提供/4つの重要なエクスペリエンス(顧客・従業員・製品・ブランド)データの分析のためのクラウドプラットフォームの提供
設立2016年9月 / 営業開始:2018年1月

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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