弁護士としての活動や新規事業の立ち上げを経験し、PeopleXを創業
企業で働くすべての人のスキルアップとエンゲージメント向上を実現したい

株式会社PeopleX 代表取締役CEO

橘 大地さん

写真:橘 大地さん(株式会社PeopleX 代表取締役CEO)

社員の能力発揮を支援するエンプロイーサクセスHRプラットフォーム『PeopleWork』を提供している、株式会社PeopleX。同社の代表取締役CEOである橘大地さんは弁護士として企業法務活動に従事した経験や、電子契約サービスの『クラウドサイン』を立ち上げ、成長させた実績を持ちます。「ビジネスパーソンのスキルアップとエンゲージメントの向上が日本の最重要課題」と語る橘さんに、これまでのキャリアの軌跡、PeopleX創業の背景、エンプロイーサクセスにおける現状と課題、今後の展望をうかがいました。

プロフィール
橘 大地さん
株式会社PeopleX 代表取締役CEO

たちばな・だいち/2010年東京大学法科大学院卒業。弁護士資格取得後、株式会社サイバーエージェント、GVA法律事務所にて、弁護士として企業法務活動に従事。2015年に弁護士ドットコム株式会社に入社し、クラウド契約サービス「クラウドサイン」の事業責任者に就任。2018年4月より同社執行役員に就任、2019年6月より取締役に就任。株式会社PeopleXを創業し、従業員のスキル、エンゲージメントの向上を支援するエンプロイーサクセスプラットフォーム「PeopleWork」の開発、運営。

社内弁護士、スタートアップ専門の弁護士を経験した後、新規事業の立ち上げに携わった

橘さんはどんな大学時代を過ごされましたか。

私の家族は、父が司法書士、兄が弁護士という法曹一家です。それもあって、自然に弁護士を目指すようになりました。大学時代はロースクールを目指してダブルスクールをしていたので勉強漬けの学生生活。東京大学のロースクール(法科大学院)に合格し、ロースクールで学んだ後、司法試験を受けて弁護士資格を取得しました。

弁護士資格を取得した後は、サイバーエージェントに入社されます。

サイバーエージェントに社内弁護士として入社しました。一般的に司法修習を受けた後は大手の弁護士事務所に就職したり、裁判官や検察官になったりする人が多いので、珍しい選択だったと思います。理由は二つあります。一つは、スタートアップやインターネット企業にこそ弁護士が必要だと考えていたこと。もう一つは、サイバーエージェント代表の藤田晋さんに憧れていたことです。

新卒採用では社内弁護士の募集はなかったため、キャリア採用の枠で入社しました。入社後は法務部に配属され、株主総会の実務や決算対応などを担当。当時問題となっていたスマホアプリのコンプガチャ対応で、消費者庁との話し合いなども行いました。サイバーエージェントに2年勤めた後、GVA法律事務所に入所することにしました。

サイバーエージェントから、法律事務所に転職された経緯をお聞かせください。

サイバーエージェントは当時既にメガベンチャーでした。メガベンチャーでの経験を積むことができたので、次は生まれたばかりのスタートアップ企業を支援したいと考えたのです。GVA法律事務所を選んだのは、スタートアップ企業を専門にした法律事務所だったからです。

当時私は28歳でしたが、私より若い、多くの起業家と出会って、刺激を受けました。スタートアップ企業の経営者には法務に関する知識があまりない方が多いため、「特許を取得したほうがいい」「こうすれば資金調達の支援を受けられる」といったことを伝え、伴走しながら支援を行っていきました。連絡手段としてチャットツールを使っていたので、スタートアップ企業の一員であるかのように一体感をもって支援していましたね。GVA法律事務所で2年ほど働いた後は、弁護士ドットコムに転職しました。

弁護士ドットコムへの転職の経緯をお聞かせください。

GVA法律事務所で、自分と同年代や年下の起業家たちと多く接する中で、次第に事業をつくることや起業に興味を持つようになりました。そんなとき、弁護士ドットコムの創業者である元榮太一郎さんと知り合ったのです。「法律にクラウドサービスやインターネットを組み合わせた事業の立ち上げを考えていて、テクノロジーに興味のある弁護士を探している」と聞きました。こんなチャンスはなかなかないと直感して、次の日には「一緒に働かせてほしい」と元榮さんにメールを送り、翌週には弁護士ドットコムに入社していました。

すごいスピードですね。元榮さんの話に心を動かされたのでしょうか。

元榮さんは弁護士でありながら上場企業の経営者でもあり、事業をやってみたいと考えていた20代の自分にとって憧れの存在でした。そんな方と直接話すことができて、一緒に仕事をする機会があるなら、いち早く動きたいと思ったのです。

それに、新規事業は一人目のメンバーとして参加することに意味があります。結果的に私は一人目のビジネス職のメンバーとして参加し、後に電子契約のサービス『クラウドサイン』の責任者になりました。もし私が入社したのが10人目だったなら、任された仕事も違っていたでしょう。

どのようにして『クラウドサイン』を育てていったのでしょうか。

私が入社した当時、『クラウドサイン』は企画を進めている段階で、エンジニアやデザイナーのメンバーはいましたが、ビジネス職はいませんでした。私は一人目のセールス担当として入社し、プロダクトの仕様決定や営業資料の作成、展示会への出展、採用など幅広く業務を担当しました。

経験したことのない仕事ばかりだったと思うのですが、どのように進めていきましたか。

私が幸運だったのは、経験したことのない仕事ばかりでアンラーニングする必要がなかったことです。知らないことばかりだったからこそ、学びながら一生懸命に向き合いました。一般的には、違う組織で働くときに前職のやり方を引きずってしまうことが多い。しかし、弁護士業務から事業の立ち上げという全く異なる分野にシフトしたことで、スムーズに移行できたのです。

『クラウドサイン』がビジネスとして立ち上がるまでには、どのくらいの年月がかかりましたか。

サービスを立ち上げてから、7年連続で赤字が続いていました。なぜなら、紙とハンコの契約から脱却し、電子サインでの契約を締結するクラウドサインをビジネスとして成立させるには、100個の法律を改正する必要があったからです。電子署名は証拠能力が弱いとされていたので、普及実績を積み重ね、官公庁と交渉しながら法律を改正する必要がありました。私は書籍を書きながら、全国の弁護士会を回りました。

少しずつ理解を得られはじめた2020年、コロナ禍が訪れて在宅勤務が一気に進みました。そこでハンコ文化を変えていきたい政府の思惑と、クラウドサインの方向性が合致したのです。2020年には、電子契約を可能とするために必要だと考えていた法律の改正が一気に進みました。

2020年に潮目が変わったのですね。クラウドサインの事業で一番苦労されたのはどんな点でしたか。

人材の育成です。2020年以降クラウドサインが一気に普及して事業が拡大し、年間100人ほどを採用することになりました。入社時には社員が70人で時価総額150億円ほどでしたが、今では社員は600人に増えて時価総額は最大3500億円にまで急成長しました。

採用した人材の育成に携わる中で苦労したのは、入社後の育成プログラムや、リーダー、マネジメント人材を育てていくためのプログラムが世の中にあまり存在しなかったことです。そのため、セールスを3ヵ月で一人前にできるようにするトレーニングなど、すべて自前で育成プログラムを作っていました。

写真:橘 大地さん(株式会社PeopleX 代表取締役CEO)

日本の最重要課題は、働く人のスキルアップとエンゲージメントの向上

2024年4月にPeopleXを創業されました。いつ頃から創業しようと考えていましたか。

私が抜けてもクラウドサインが成長し続けられるようなプランを考え、創業者や経営チームに相談しました。経営層から合意を得られた後、半年ほどビジネスプランを模索。当時は弁護士ドットコムの取締役でしたから、クラウドサインの事業をしっかりと引き継ぐことが優先でしたが、有給休暇を取得してヨルダンや中国、アメリカなど4ヵ国を回りました。各地でビジネスをしている方々に話を聞きながら、世界にあるけど日本にないもの、日本にあるけど世界にないものを見比べていましたね。世界を通して日本を観察したのです。

最終的に、HRの領域でビジネスを手がけようと決めたのはなぜですか。

日本が取り組むべき最重要課題は、働いている人のスキルアップとエンゲージメントを上げることだと考えたからです。日本を待ち受ける現実として、2065年には労働人口が約4割減少すると言われています。さらに、日本企業で働く人のエンゲージメント指数は129ヵ国中128位(※ギャラップ社調べ)と、非常に低い状況です。この状態では労働生産性が高まるはずもありません。

そこで、従業員エンゲージメントを上げて、スキルアップを実現する事業を手がけようと決めました。市場を見渡してみると、人事管理システムやモチベーション・スキルを管理するタレントマネジメントシステムはあるものの、どれも「人を管理する」思想で作られている。社員を生かす、活躍を支援するという思想の製品がなかったので、自ら手がけようと考えました。

貴社のミッションである「社員を成功させることで、企業を成長に導く」にも、その思いが込められているように思います。

社員を成功させ、その結果として企業が成長する。この視点が日本には最も欠けていると考えたので、ミッションにしました。日本企業が社員一人にかける投資額は、アメリカなど諸外国の二十分の一と言われています。では、日本企業は何にお金を使っているのでしょうか。外部の転職エージェントやコンサルティング会社に支払う採用費です。自社の社員に投資しなければ、エンゲージメントの向上やスキルアップが実現するはずはありません。

会社はもっと社員に投資をするべきです。社員に投資することでスキルや業務レベルが向上し、エンゲージメントも高まれば、社員が社員を呼び込むリファラル採用が活発化するので、採用費も下がります。

貴社の事業の特徴や強みについて教えてください。

メイン事業は、エンプロイーサクセスプラットフォームである『PeopleWork』です。人事管理システムではなく、現場の社員自らが使うワークソリューションであることが特徴です。

社員それぞれがどのようなスキルや趣味・嗜好を持っているかを登録できます。例えばセールス職なら50ほどのスキルがあり、個人がそれぞれ何に優れているかが明示されます。こうした情報が事前にわかれば、商談を行う際に自部門だけで完結するのではなく、隣の部署の人にも同席してもらうほうが受注率は高まるのでは、と戦略を練ることもできるのです。

また、オンラインの社員プロフィールページがあるので、社員同士で交流できます。豊富なラーニングコンテンツを通じて、日々スキルアップすることも可能です。過去の社内表彰の履歴なども確認できます。前年に誰が表彰されたかはすぐ忘れられてしまいますが、履歴が表示されることで、社員のモチベーションやエンゲージメントが向上する効果もあります。

大きな強みは、社員の交流が活発化し、社内でオープンイノベーションが生まれることです。隣の部署の人のスキルや趣味などがわかれば、コラボレーションも生まれやすくなります。コロナ禍以降はハイブリッド勤務が増えていて飲み会や部活などのオフラインでの交流が減っていますが、PeopleWorkを活用すればオンラインでの交流や適材適所の人材配置が実現できます。

どのような企業が導入しているのでしょうか。

PeopleWorkは、毎月20社ほどに新規で導入していただいています。企業規模や業種は幅広く、創立100年以上の大企業、法律事務所、飲食店などさまざまです。弁護士事務所は、顧客に最適な弁護士をアサインする目的で導入しています。飲食店や小売業は、店舗間のコミュニケーションが少ないため、人手不足のときはスポットバイトのサービスを利用することが多く、コストが上がってしまうことが課題です。PeopleWorkを利用することで、近隣店舗との交流が増えて、人手不足のときにフォローし合えるようになればコストを削減できます。労働環境が改善し、人が辞めない組織になると生産性や売上も伸びていきます。

このように、社員に投資したい、活躍する人材を増やしたいと考えるさまざまな業界でPeopleWorkを導入していただいています。

写真:橘 大地さん(株式会社PeopleX 代表取締役CEO)

日本企業の人事、特にエンプロイーサクセスにおける現状と課題について、どのようにお考えですか。

日本で従業員のエンゲージメントが注目され始めたのは、人的資本経営に取り組むようになったここ3年ほどで、ようやくサーベイで従業員エンゲージメントを測るようになった、という企業が多いのが現状です。今後はどのようにエンゲージメントを上げていくかが課題となるでしょう。同様に、従業員のスキルを管理するサービスは登場しているものの、スキルアップにどう取り組むかという課題が残されています。

こうした課題を解決するには、エンプロイーサクセスを大事にして、企業が社員の成長と活躍への投資額を増やすことが必要です。当社では「エンプロイーサクセス」を「企業の持続的成長のために社員が能力発揮できるよう支援する概念」と捉えています。社員が辞めにくくなれば、生産性は向上して売上も上がり、採用費のコストが下がります。現在は採用と育成では、採用にはるかに費用をかけている企業がほとんどです。採用費の半分以上を既存社員に投資することができれば、結果として採用費を5分の1ほどに削減できるのではないかと考えています。

HRテクノロジー全体の現状や課題については、どのように考えていますか。

ここ10年ほどで、人事部門の業務を効率化するソリューションが普及しました。しかし、事業部の満足度が高まるソリューションは不足しています。当社のような事業部向けのソリューションが、今後は増えていくと予想されます。

HRに限らず、営業や法務などのバックオフィスソリューションについても同様です。例えば、経費精算はこれまで企業側が統制するもので、承認権限などを細かく管理していましたが、現在はチャットツールから経費精算ができるなど、社員の使い勝手が良いソリューションも増えてきています。

また、HRのバックオフィスソリューションは、採用管理やスキル管理、労務管理など領域ごとにさまざまな製品が乱立して、企業側がデータを統合しにくい状態です。こうした課題を解決するためにも、私たちは今後5年間で20の製品をリリースしていく予定です。「PeopleWorkさえ使っていれば、データがすべて統合されている」という状態を目指しています。

信頼関係や偶然のめぐりあいを大事にして、長距離走で仕事に取り組む

橘さんが仕事をする上で、大事にしていることを教えてください。

仕事は、短距離走ではなく、終わりなき長距離走だと考えています。だからこそ、信頼関係や偶然のめぐりあいが大事です。「中長期で信頼されて応援される企業であり、経営者でありたい」と思っているので、何かを判断する場面では、「短期的に合理的だと思う」判断をしないようにしています。

例えば、クラウドサインの事業を担当しているとき、三井住友フィナンシャルグループとの合弁会社の設立、200社以上の企業とのアライアンスを経験しましたが、相見積もりによって合理的な判断をしたことは一度もありません。先にめぐりあった方や企業を優先してきました。その結果、クラウドサインは愛されるサービスとして成長できたと考えています。設立して間もないPeopleXですが、上場企業との合弁会社設立(※)を実現できたことも、信頼関係を大切にしてきたことの積み重ねによるものだと思っています。

※株式会社PeopleXは2024年10月、株式会社グッドパッチとの合弁会社「株式会社ピープルアンドデザイン」を設立

橘さんのように、弁護士を経験されてから事業や会社を立ち上げている方は珍しいと思います。さまざまな仕事の経験は、今にどう生かされていますか。

多くの人生を追体験できたと思っています。弁護士として悲惨な事件の加害者側の弁護をしたときには胆力がつきましたし、ビジネスの世界ではいきなり経営者になったわけではなく、新人の立場も経験しました。

ビジネスにおいてバックオフィス部門と事業部門側の両方を経験できたことも、自分の糧になっています。バックオフィス側は事業側をクライアントのように考えて仕事する必要があり、事業側はコーポレートの方に感謝を伝えるべきだと考えるようになりました。多面的な人生を歩めたことで、いくつもの視点を持てたと考えています。

今後、手がけようとしていることはありますか。

HR業務が様変わりするような、生成AIを活用した事業を展開していきます。第一弾はバーチャルヒューマンが採用面接を代行するという事業です。人事の方がバーチャルヒューマンに自社の採用基準をインプットすることで、営業のロールプレイングをして営業力を測ったり、エンジニアのコーディング試験を担当したりできます。

バーチャルヒューマンは100ヵ国語以上を話すことができ、Wikipediaに書いてあるような世の中に関する知識も網羅しています。面接を受けにきた人の見た目や人種で差別することは一切なく、公平な判断ができます。そして、24時間365日対応できることもメリットです。土日の間にバーチャルヒューマンが1000人との面接を終えて、月曜の朝には面接時の会話の録音や書き起こしデータを残すことも可能です。

これまでは、人事担当のリソースが限られているため、応募者すべてを面接することはできませんでした。そのため、企業ごとに応募者に対して一定のフィルタリングをしてきましたが、バーチャルヒューマンを活用すれば、どんな人にも公平で開かれた採用面接を実現できます。今後は、1on1ができるバーチャルヒューマンも開発したいですね。上長によるバイアスがなく、フラットな視点でキャリアパスについて語り合える1on1を実現できます。

PeopleXの今後の展望をお聞かせください。

PeopleXを世界から尊敬される企業にしたいと考えています。採用、育成、評価、最適な人材配置、福利厚生など人事のさまざまな領域で事業を展開していくことで、「HRに関することならPeopleXに相談すればいい」と言われる存在になりたいですね。2025年には海外展開も予定しています。

人材サービス・HRソリューションなどの業界で働いている皆さまにメッセージをお願いします。

今、労働市場改革に熱い注目が集まっています。今後、労働環境は大きく変化していくでしょう。その変化に関わるHRは、間違いなく今後も日本を支えていく仕事です。私たちはHRの方々に最先端のテクノロジーを活用していただくことで、日本のHRを変えていきたいと考えています。この記事を読んでいる皆さまには、共にHR業界を改革する側になってほしいと思います。

写真:橘 大地さん(株式会社PeopleX 代表取締役CEO)

(取材:2024年9月9日)

社名株式会社PeopleX
本社所在地東京都渋谷区千駄ケ谷5丁目27-5 リンクスクエア新宿16階
事業内容エンプロイーサクセスHRプラットフォーム「PeopleWork」の開発・提供/IT/Web/DX人材に特化した人材紹介エージェント「PeopleAgent」/企業の報酬設計・報酬戦略を支援する「報酬サーベイ」事業/人的資本経営のためのコンサルティング事業「PeopleConsulting」/生成AI・LLMを活用した新しいHR事業の開発
設立2024年4月

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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