専門的な知識を有する人材「プロフェッション」を育成
がむしゃらに情熱を持って取り組み、法人研修事業を拡大してきた

TAC株式会社 代表取締役社長

多田 敏男さん

写真:多田 敏男さん(TAC株式会社 代表取締役社長)

TACは、公認会計士、税理士、社会保険労務士、中小企業診断士といった各種資格試験や公務員試験などで多数の合格実績を誇る、国内有数の教育機関です。資格教育で培ったカリキュラムや優秀な講師陣を生かして、実務能力や語学、ヒューマンスキル、さらにはAI活用やDX推進など、企業に対して幅広い分野の研修プログラムを提供できる人材育成パートナーとしても知られています。これらの「法人研修事業」を初期から任され、大きく育ててきたのが、同社代表取締役社長の多田敏男さん。教育ビジネスに関わることになったきっかけ、株式上場にいたるまでのプロセス、日本企業の人材育成の現状と課題、同社が今後めざす方向性、仕事をする上での心構えなどについて幅広くうかがいました。

プロフィール
多田 敏男さん
TAC株式会社 代表取締役社長

ただ・としお/慶應義塾大学卒業後、TAC入社。法人研修事業の立ち上げを任され、以後、1990年に取締役、1998年に専務取締役、2007年には取締役副社長を歴任。2018年10月に代表取締役社長に就任する。

公認会計士の先輩に紹介されたTAC

大学では政治学科で学ばれていたそうですが、どのような学生時代だったのでしょうか。

勉強よりも遊びに熱心で、仲間だけは多かったですね。人とコミュニケーションをとるのが好きだったので、自然と友達が増えていきました。その頃の夢は政治家になること。実際に大学3年生くらいから国会議員事務所でのアルバイトを経験しました。選挙のときに活動を手伝う学生秘書です。その事務所には、同じ大学の先輩で公認会計士になったばかりの人がいました。話が合う人だったので、仲良くなってよく飲みにいったんです。会計士の仕事について教えてもらい、「自分にもできるかもしれない」と思いました。

ただ、卒業が近づいてくると親からは「まずは就職しなさい」と強く言われます。そこで議員事務所の人たちに相談し、新卒で就職したのが一般事業会社でした。配属されたのは新潟の営業所。知り合いがいない環境で1年間ほど勤務しましたが、やはり地元の横浜に近い場所で働きたいと思うようになります。短期間でしたが思い切って退職して戻ってきました。

そこで思い出したのが、学生時代に先輩から聞いていた公認会計士の仕事。国家資格を持てる点が魅力に思え、挑戦してみようと決意しました。勉強を始めるため先輩に相談に行ったところ、紹介してくれたのがTACでした。それが当社とのかかわりの始まりです。

最初は受講生として通われ、1984年にTACに正社員として入社されます。どんな経緯だったのでしょうか。

今もそうなのですが、公認会計士試験は難関です。当時の合格率は3~4%。一回で合格する人はごくわずかなので、腰をすえて勉強に取り組むつもりでした。とはいえ、すでに大学を卒業しているのに、仕事もせずに勉強するだけの生活を送っていると、家族の目も厳しくなります。そこで2年目からはTACで講師をしながら受験を続けることにしました。資格を持っていた日商簿記1級や税理士の科目などを教えたんです。

しばらく講師を務めていると、TACの創業者で先代社長の斎藤博明氏から「社員にならないか」と声をかけられました。講師から社員になるということは事実上、会計士への道を断念することになります。何年も勉強してきたので迷いました。ただ、斎藤の「言われるうちが花だ」という一言で気持ちの切り替えができました。ちょうど結婚して家庭を持ったタイミングだったこともあります。今思うと、そういう私の状況も考えてくれていたのかもしれませんね。

入社後はどのような仕事を経験されたのでしょうか。

正社員になって最初の仕事は、簿記や情報処理といった講座の企画です。当時のTACはまだ小さい組織でした。社員は50人ほどで売上高は年間10億円未満。でも、まだ20代で若かったので、そこはあまり気になりませんでしたね。むしろ自分たちでこの組織を大きくしてやろうという気持ちが強かった記憶があります。

もともと、TACは個人向けの公認会計士の講座に特化した学校でした。資格の受験指導を手がける学校は大手を含めていくつもありましたが、会計士に強いところは少なく、実績でもTACがトップだったのです。私が入社した頃は、そこを足がかりに税理士、簿記、情報処理、宅建と講座を増やしはじめた時期でした。

これから拡充していこうとする分野を任されたので、仕事のやりがいはありましたね。TACの強みは、当時から講師陣や教材が優れていたこと。特にTAC社内で作成していた教材はとても評判が良く、他の大手専門学校にも外販していたほどです。そのあたりを積極的にPRして生徒を集めていきました。

写真:多田 敏男さん(TAC株式会社 代表取締役社長)

株式上場という目標が仕事の原動力に

法人研修事業の立ち上げも担当されたとうかがいました。

個人向け講座と共に、法人研修事業、出版事業、人材事業とビジネスモデルの多角化に取り組むことになりました。その中で法人事業の責任者を任されたんです。入社3年目くらいでした。

とはいえ、メンバーは私だけ。法人向けなので仕事内容は、企業を対象とした営業です。TACは資格の学校としては知られていましたが、企業研修については知名度も実績もゼロ。社員にどのような勉強をさせるべきなのか、そのためにTACとしてどんなサポートができるのかを説明するところから始めました。最初の成約は大手水産会社で、売れたのは簿記の模擬試験。金額はわずか数万円だったのは今でもよく覚えています。ただ、学生時代から人とコミュニケーションをとるのは好きでしたし、自分でも得意分野だという意識があったので、営業自体は苦になりませんでした。自分なりに工夫しながら、一つずつ地道に数字を積み上げていきました。

その頃は1980年代後半で、好景気だった時期でもありますね。

ちょうどバブル景気の上り坂でしたね。企業の予算に余裕があって、それを研修に振り向けてくれることもあったので、立ち上げとしては良いタイミングだったかもしれません。企業向けの営業経験を持つ人材を採用し、営業部門の人数も増やして対応していきました。

ただ、資格関連ビジネスはそれほど景気には左右されないと思っています。バブル崩壊後の1990年代、私は取締役として会社全体を見るようになっていましたが、不景気で業績が大きく落ち込んだ記憶があまりありません。景気が落ち込んでくると、個人の資格取得や公務員受験への志向が強まり、受講生が増えるからです。逆に好景気になると就職や転職が売り手市場になり、資格への注目度はやや下がる傾向があります。

2007年に取締役副社長、2018年に代表取締役社長に就任されています。これまでのキャリアの中で、どのような仕事が印象に残っていますか。

2001年に実現した株式上場ですね。上場を実現するには各事業部が力をあわせて利益を出していく必要があります。私は法人事業を任されていたので、その責任を果たすべくメンバーたちと一つになって頑張りました。直接、上場手続きなどを担当したわけではありませんが、証券会社の選定などは、企業とのつきあいが多い私が中心になって担当しました。実際に上場できたときは大きな達成感がありましたね。

正式に代表取締役社長になったのは2018年ですが、実は創業者でもある先代が2015年に体を悪くしてからは、私が代行を務めるようになっていました。先代が亡くなって、先代の家族から「次の社長は多田さんにお願いしたい」と言われ、少し考えて引き受けることにしました。長くTACに関わって、いろいろな事情もわかっているため、役割が回ってきたのだと思っています。

ほぼ貴社一筋で歩んでこられたわけですね。

自分では飽きっぽい性格だと思うこともありますが、仕事だけは飽きずに続けてこられました。良い仲間に恵まれたことが大きな要因です。大変なことがあっても仕事自体は楽しかったですね。このままでいいのかと迷った時期もありましたが、考えて出した結論は「会社を大きく育てなければならない」ということ。その具体的な一つの目標が上場でした。

強みはハイレベルな講師陣と全国展開

貴社は「“プロフェッション”としての人材の養成」という企業理念を掲げています。どのような思いを込めていらっしゃるのでしょうか。

プロフェッション(Profession)とは、英語の「Profess」(=「神の前で宣言する」)を語源とする言葉です。中世ヨーロッパでは神に誓いを立てて従事する職業である神父や法律家、会計士、医者、教師、技術者といった知識専門家を指していました。プロフェッションとなった人々には、神に対するのと同じく、社会や市民に対しても大きな責任と倫理観が求められました。

TACが育成している専門家は、会計・税務分野から始まり、今では法律分野、不動産分野、金融分野、公務員・労務分野、情報分野、医療分野、各種技術分野へとその幅を広げています。これらの専門的な知識や資格は、いずれも現代社会の発展に不可欠なものばかりです。当社は、まさにプロフェッションと呼ぶのにふさわしい人材を数多く送り出すことで、社会の発展に寄与したいと考えています。

ちなみに、このプロフェッションの養成は主に個人教育の分野で、法人研修では「個の成長」をテーマとしています。個の成長があって初めて、組織や企業としての成長もあるということです。

現在の貴社の事業分野についてあらためてお聞かせください。

事業セグメントは主に四つです。一つ目は「個人教育事業」。公認会計士、公務員、社会保険労務士といった資格を目指す個人に対し、ライフスタイルにあわせて利用できる多彩なメディアを通じて、合格直結の教育コンテンツを提供しています。近年はITや技術系のコースを拡充しています。

二つ目は「法人研修事業」。人材育成を通じて顧客企業の成長に貢献します。会計、財務、法律、ITといった実務にかかわる領域から、ヒューマンスキル、資格試験対策、語学研修などにいたるまで、各企業のニーズに沿った形で提案しています。集合・対面研修に加えて、要望の多いeラーニングにも対応しています。

三つ目は「出版事業」。もともとは資格の教材を一般向け書籍として市販したのが始まりです。「TAC出版」と「早稲田経営出版」の二つのブランドを合わせると、全出版社の中で12位の売上規模です。現在は資格関連書籍にとどまらず、ビジネス書や旅行ガイド、さらには高校商業科向けの教科書なども刊行しています。

四つ目は「人材事業」。有資格者や会計・税務・労務人材をメインに、求人広告、人材紹介、人材派遣の各ビジネスを展開しています。

売上高は個人教育が約100億円、法人研修と出版がそれぞれ50億円規模。人材事業はまだ大きくは売上に貢献していませんが、当社の強みを生かす形で強化しているところです。

写真:多田 敏男さん(TAC株式会社 代表取締役社長)

貴社の強み、同業他社との違いをお聞かせください。

まずは講師が優秀という点です。講師には、TACで勉強して好成績で合格した人が多くいます。さらに、一緒に教材の内容を工夫してくれるなど、熱量の高い人が講師になってくれていますね。TACで勉強した人の中には、試験合格後2~3年は実務と並行で講師の仕事もしたいと思ってくれる人が一定数います。講師の評判で生徒が集まるという面は確実にありますね。

その他では、全国展開していること。最初は東京・大阪のみでしたが、現在は全国に直営校22拠点、有力地方都市に提携校11拠点があります。個人からの申し込みは全国の主要大学生協書籍部、大学購買部、大手書店など約600ヵ所の窓口でできるようになっています。

既存の資格に対応しているだけでなく、新たな検定もつくられたとうかがいました。

資格に対するニーズは時代とともに変化します。2017年に「企業経営アドバイザー検定」を新たにスタートさせました。地域経済を担う中小企業の経営力を高めるため、金融庁などは金融人材を中心にコンサルティング能力の向上を求めていますが、より幅広い人材に経営知識とコンサルティングのための実践スキルを身につけてもらうことを目的として短時間で効率よく必要な知識が学べる検定をつくりました。一般社団法人日本金融人材育成協会という団体の代表理事を私が務めていて、同協会が認定する検定としています。

「企業経営アドバイザー検定」を取得するための講座は、金融人材だけでなく、士業の方々やDXなど経営レベルの変革を提案していきたいITベンダーの営業職・顧客サポート職の方など数多く受講しています。資格認定の要件となっている「対話力向上講習」では、ロールプレイングを通して傾聴の姿勢で経営者の考えを自然に引き出すトレーニングを行います。さらには事業性評価に活用できる「ローカルベンチマーク」「経営デザインシート」といった実践的要素も豊富に取り入れているのが特長です。

コンサルティングから手がける人材育成

現在の日本企業の人事部門、特に人材育成の現状や課題をどう捉えていますか。

日本の人材育成は、理論ありきで行われることが多かったのではないでしょうか。「この仕事にはこの知識が必要だから研修で身につけてもらう」といった考え方です。一方で海外、特にアメリカでは仕事に取り組む中で必要だと感じたスキルを個々が自主的に学んでいく、いわば実践教育が主流といえます。どちらが良いと断言できるものではありませんが、日本企業も徐々に実践教育へ重心を置くようになりつつあります。当社も法人部門ではそういった視点で顧客に提案することが増えてきました。

貴社を含む資格関連、研修関連の業界の現状や課題についてもお聞かせください。

専門家に求められる知識や資格は時代とともに変化します。資格を取得した後もさらに継続学習で知識をアップデートしなければ、取得した知識はすぐに役に立たなくなります。資格や研修の業界は提供する知識のアップデートに力を入れていく必要があるでしょうね。ただ、一度試験に合格した人に「さらに勉強しましょう」といっても、「もう十分勉強しました」という気持ちになっている人が多いのも事実です。継続学習の必要性を広く訴えていくことが大切でしょう。

資格の勉強をしている間はどうしてもそればかりに意識が集中するので、実際に社会へ出て働く際に必要なビジネス常識やヒューマンスキルが、二の次になるという問題もあります。難関資格ほど、その傾向があるようです。資格を取得する個人が、ある程度合格が確実になった段階で、そうした実務教育を早めに受けられるよう、私たちもサポートしていくべきだと考えています。

貴社で活躍している社員の傾向や特徴があればお聞かせください。

講座をつくっただけでは生徒は集まりません。どうPRしていくかを自分なりに工夫していくことが重要です。そういった熱量がある人、細かいところまで気配りできる器用な人が結果を出しています。

今後、TACで取り組んでいきたい分野、施策などについてお聞かせください。

法人研修事業ではコンサルティングが特に重要になると思っています。これからは確実にDX関連、AI関連などの技術系の研修が伸びます。しかし、一般の企業では、AIの活用法、DXの進め方をまだよく理解されていないケースが少なくありません。ただ研修を売るのではなく、AIやDXが顧客企業のどのような課題を解決できるのか、顧客企業のありたい姿を一緒に模索し、パートナーとして伴走支援するのがコンサルティングです。それができる人材を増やしていきたいと考えています。

多田社長が仕事をする上で大切にされていることは何でしょうか。

一生懸命にやること。情熱ですね。入社以来、自分が任されたところを他よりも伸ばしてやろうという強い気持ちで取り組んできました。みんなが同じ気持ちで頑張ったから、全体も伸びたのだと思っています。

最後に人材サービス、HRソリューションなどの業界で働く若手人材の皆さんに、ビジネスでの成功の秘訣(ひけつ)、早くから取り組んでおいたほうがいいことなどのアドバイスをお願いします。

繰り返しになりますが、がむしゃらさやハングリーさが必要です。今の時代、必要なものは一通りそろっているので、そこまでハングリーにならなくてもいいのかもしれません。でも、せっかく仕事をするのに「そこそこ」で終わらせては面白くないでしょう。受講生の人にも、資格を取得して満足するのではなく、その資格を生かして何をなすかを考えてほしいと思います。もちろん、意欲的で起業を目標としている人もいます。でも、もっと増えてほしいですね。そういう人が増えると社会も企業もより活性化して、面白くなっていくのではないでしょうか。

写真:多田 敏男さん(TAC株式会社 代表取締役社長)

(取材:2024年7月22日)

社名TAC株式会社
本社所在地東京都千代田区神田三崎町 3-2-18 TAC本社ビル
事業内容個人教育事業/法人研修事業/出版事業/人材事業
設立1980年12月

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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