HR業界団体情報 掲載日:2022/10/26

一般社団法人 人材サービス産業協議会
健全かつ円滑な次世代労働市場の創造を目指す
人材サービス業界団体の連携横断組織「JHR」

一般社団法人 人材サービス産業協議会 理事長

岩下 順二郎(いわした・じゅんじろう)さん

一般社団法人 人材サービス産業協議会 理事長 岩下順二郎さん

複雑性を増す労働市場に向きあい、より多くの就業機会を生み出すために欠かせない存在となっているのが人材サービス業界です。求人広告、職業紹介、人材派遣といった業態ごとに団体をつくり、それぞれのサービスを進化させてきましたが、2010年代からは社会環境や労働市場、働き方のよりいっそうの変化に対応すべく業界横断の新たな連携組織を立ち上げることになりました。それが「人材サービス産業協議会(JHR)」です。サービス領域の枠にとらわれることなく、広い視野を持って、より健全で円滑な未来の労働市場をつくるために活動するJHRとはどのような組織なのでしょうか。また具体的にはどういった活動を行っているのでしょうか。日本企業が抱える人材にまつわる課題や人材サービス業界の今後といったテーマも含めて、同協議会理事長の岩下順二郎さんにうかがいました。

五つの人材サービス業界団体が加盟・運営する組織

最初に貴法人の設立趣旨についてお聞かせください。

人材サービス産業協議会(JHR)の立ち上げが検討されるようになった時期は2010年前後にさかのぼります。それまでの人材サービス業界は、求人広告、人材派遣、人材紹介といったサービスごとに業界団体をつくり、個別に発展してきた歴史がありました。

ところが、日本の労働市場が大きく変化する中で、それまでの業界の枠組みに収まらないような新たな人材サービスを提供する企業が出てきました。また、既存の人材サービス企業も、求人広告を扱っていた会社が人材紹介も手がけるようになるなど多角化を進め、純粋にひとつのサービスに特化した企業はむしろ少数派になっていきました。そのため、従来のサービス別の団体での取り組みだけでは、人材サービス業界全体の発展につながらないのではないかと考えるようになったんです。

そうした状況を受けて、2011年に活動を開始したのが当協議会の前身である「人材サービス産業の近未来を考える会」という組織です。その後、何度かのシンポジウムや委員会での話し合いを経て、2012年10月に「一般社団法人 人材サービス産業協議会」として正式発足しました。これまでの人材サービスの枠を超え、業界横断で民間の英知を結集して、雇用構造の変化や労働市場の新たな要請に応え、健全かつ円滑な次世代労働市場の創造をめざすことがJHRのミッションです。

貴法人の設立から現在までの沿革や組織についてお聞かせください。

設立当初は「求人広告」「人材斡旋・職業紹介」「登録型人材派遣」「製造業派遣・請負」の各サービスを代表する4団体が正会員でした。翌2013年に「無期雇用型エンジニア派遣」を代表する団体が加わり、正会員は5団体となりました。各団体は対等な関係でJHRに出資し、現在の理事会もこの5団体から出た理事で構成・運営されています。業界団体の連携横断組織であり、一般の人材サービス企業が直接JHRの会員になることはありません。そこは他の業界団体との大きな違いといえます。

「労働政策委員会」と「ソーシャル・バリュー推進委員会」

貴法人の主な役割・活動をお聞かせください。

最も力を入れているのは、行政に対する提言の取りまとめ、業界健全化への取り組みです。「労働政策委員会」「ソーシャル・バリュー推進委員会」がその活動を担っています。

「労働政策委員会」は、業界団体の意見、識者の見解などを集約しながら、政策立案、国への提言、対外交渉などを進めます。また、そのためにさまざまな調査・分析なども行います。「現在の労働市場のテーマ」「健全な市場にするために手を打つべきこと」などを議論し、提言としてまとめたことを社会に発信すると同時に、行政とも意見交換を行っています。

「ソーシャル・バリュー推進委員会」は、人材サービス各分野の品質向上やそれに携わる人たちのレベルアップを中心に、業界の人材力向上、業界認知、イメージ向上などに取り組んでいます。さらに人材ビジネスの発展に役立つ研究を進める役割もあります。たとえば直近で取り組んでいるのは、国の政策の中でも大きい位置づけとなっている労働移転、とりわけそのカギとなるジョブチェンジの研究です。違う業界、違う職種への転職の現状はどうなっているのか、何がハードルになっているのか、そのハードルを下げるにはどんな政策が必要なのか、といった調査・研究です。

各委員会のこれまでの成果にはどういったものがあるのでしょうか。

「労働政策委員会」の成果としては、2017年から毎年リリースしている「転職賃金相場」の調査レポートがあります。労働市場でどんな人が転職していて、その賃金相場は具体的にいくらかという調査です。職種による違い、年次推移なども発表しています。

求人メディア4社と人材紹介会社3社の研究会メンバー企業から、募集時の年収の最低額・最高額、中央値といった数値を提供してもらっているため、現在の市場でどのような層の募集がなされているのかをリアルに把握することができます。また、実際に採用された人の定性情報も加味して、この職種でこの年収になるためにはこれだけのスキル・経験が求められる、逆にいえば企業側がこのレベルの人材を採用するにはこの程度の年収提示が必要だという目安までわかる資料になっています。

ここまで実態に即した賃金データはこれまでになかったはずです。一律に上がるかどうかは別として、国も企業に賃金引き上げを働きかけています。相場が変動していく中で、人材を採用する企業にとって賃金設定は非常に難しい問題です。もちろん働く人も自身のキャリアを適正に評価してほしいと思っています。その意味でも、このデータの役割は大きいはずです。

また2018年にまとめたレポート「2030年の労働市場と人材サービス産業の役割」では、今後10年間で労働市場や人材サービス業界がどう変わるのかを予測し、提言しています。JHRが取り組むべきテーマも大きく四つにまとめていますが、その中で現在最も力を入れているのが、ジョブチェンジを支援する「キャリアチェンジプロジェクト」の取り組みです。

基本的には「労働政策委員会」による調査や提言を、業界団体を通して人材サービス企業に活用してもらうのが「ソーシャル・バリュー推進委員会」の役割です。「非正規」という言葉をなくすため、有期雇用・無期雇用という働き方の分類を提言してきたほか、テレワーク・リモートワークが普及する中で企業が働き方改革を進めるには何が必要かという研究・支援も行ってきました。今後も両委員会が互いに連携しながら活動を進めていければと思っています。

日々新たなビジネスが生まれる人材サービス業界

貴法人が現在最も力を入れている活動は何でしょうか。

ひとつは先ほどから何度か出ている「ジョブチェンジ」に関する取り組みです。人生100年時代といわれ、これからは多くの人が一生のうちに最低でも一度か二度はジョブチェンジをすることが普通となる時代が訪れるでしょう。そういった新たなジョブチェンジのあり方を検討していくことは社会の要請といえます。

もうひとつは次々に生まれる「新しい人材サービス」を可視化し、働く人にとってもサービスを利用する企業にとっても安心安全なサービスとなるよう支援することです。多様化・複雑化する人材サービス業界で非常に大きいテーマといえます。

新しい人材サービスとはどのようなものなのでしょうか。

たとえば、この10年間で出てきたものとしては、まず人材にキャリアを登録してもらい、そのデータベースを企業に閲覧してもらって、企業がスカウトして採用する、というサービスがあります。これは求人広告ではなく、人材紹介とも異なる境界線上のサービスといえます。あるいはクローリングという技術を使って、インターネット上の求人情報を集め、求職者向けに提供するサービスも出てきました。これも直接自分たちが求人広告を集めるわけではなく、従来からの業界の区分に収まりきらないものです。

岩下順二郎さん(人材サービス産業協議会)インタビューの様子

今の例はどちらもすでにテレビCMなどでよく見かけるサービスですね。

その通りです。当協議会が立ち上げに向けて動いていた2010年前後には、「今後そういうものも出てくるだろう」といった認識でした。しかし10年経過した現在では、これらの新サービスは完全に社会に定着しています。今後もテクノロジーの進化でいろいろなサービスが生まれるでしょうし、海外発のサービスが入ってくる可能性も大いにあります。

ここではたまたま採用の例を出しましたが、現在は採用した人を受け入れる社内の人事管理システム関連のサービスもどんどん増えており、その社内システムのデータをもとに採用する人材を評価する仕組みも開発されています。少し前には想像もできなかったサービスです。しかも進化のスピードは年々速くなっています。

もちろん新サービスが生まれるのは悪いことではありません。ただし、それが就業者や求職者にとって不利益なものにならないようにすることは絶対に必要です。それがマッチングの機会促進になればさらに理想でしょう。そのためにもアンテナを張って、どんな新サービスが登場しているのかウォッチしていくことが重要です。サービスを開発した企業が業界団体に加盟しているかどうかは別として、まずはそういった動向をつかみ、早い段階から対応や課題を検討してくことが必要だと認識しています。

貴法人の今後の展望をお聞かせください。

現在のミッションを大きく変えることは考えていません。ただ、わが国の労働市場や人材ビジネス業界にはさまざまな課題があり、変化が続いているのは事実です。人口減少で市場は縮小していますが、人手不足は変わらないので、採用や人材活用というテーマはなくならないでしょう。

また、終身雇用や年功序列の人事制度が見直され、誰もがジョブチェンジを経験するようになるはずです。そうした変化の中で安心して働き、健全に仕事を探せる社会をつくっていくのが人材サービス業界の役割です。業界全体が伸びていくためには社会からの信頼も不可欠です。当協議会が取り組むべきことは多いですね。

誰にとってもジョブチェンンジが普通になる時代に備える

日本の労働市場の現状・課題についてどのように捉えていらっしゃいますか。

企業の採用意欲は引き続き高く、人材不足が続いています。ここにも一種のミスマッチがあるように思います。成熟産業から成長産業に人材が移動して、さらに成長を加速させるのが望ましいのですが、現実はそうなっていません。また、ジョブチェンジも必然になると言われていますが、日本社会はまだ経験のある人がそれほど多くなく、働き手も転職するために必要なスキルやキャリアについて真剣に考えていないところがあります。

海外と比較すると日本の労働市場は特殊なのでしょうか。

労働に関する規制が多いことは、たしかに日本の特殊性かもしれません。ただ、規制自体は悪いことではなく、市場を健全に保つためには必要なものです。それよりも、日本にはキャリアの標準的なモノサシがないことのほうが課題かもしれません。

「この仕事ができれば年収はいくら」とか「次はこういう仕事にステップアップできる」といった目安です。日本は終身雇用の時代が長く、企業ごとにキャリアが独自のものになってしまいました。スキルやキャリアがポータブルではないのです。一方、欧米では標準化が進んでおり、それが労働移転のハードルの低さにつながっています。日本でも本気で労働移転を実現させたいなら、変えていく必要があるでしょう。働く人が次の仕事をイメージできるようになれば大きな変化が起こるはずです。

日本の人材サービス業界の現状・課題をどのように考えていますか。

さまざまな新サービスが生まれていますが、働く人たちがそれぞれの違いをきちんと理解した上で活用できているのかという課題はあると思います。サービスの内容を十分に提示すること、理解を促進していくことが求められます。また、情報の中身の問題では、給与ひとつとってもサービスやメディアによって表記がばらばらです。求職者に正しく判断してもらうには表記の統一が必要です。すでに募集が終わった古い情報が残っていないかをチェックすることも重要です。

人材サービスは履歴書などの個人情報を扱う仕事でもあります。ほとんどは適正に運用されているとしても、社会の感度は以前と比べて非常に高くなっています。そのため、これまで以上に慎重に管理することが求められます。こうしたルールの制定も人材サービス業界全体で足並みをそろえて行っていくことが大切です。ある業界だけ例外として許されるものではないからです。

最後に人材サービス業界で働くビジネスパーソンのみなさんにメッセージをお願いします。

ここまでお話ししてきたように課題はたくさんあります。人材不足は人材がいないだけでなく、ミスマッチも大きな原因です。それに対して業界ができることは情報を正しく伝えることです。採用企業への啓発も重要です。業界全体で取り組み、一つずつ改善していければもっと良い業界になっていくことでしょう。企業の枠を超えて業界全体で伸びていこうという考え方がなければ、社会に受け入れられない時代になっています。まずは信頼される市場をつくるために力を合わせていきたいと考えています。

岩下順二郎さん(人材サービス産業協議会)

(取材:2022年9月9日)

一般社団法人 人材サービス産業協議会

総合人材サービス産業団体として、会員各団体、公的機関、経済団体、労働団体や学識経験者等との連携を図り労働市場の健全化及び円滑化に関する事業を行うことを通じて、より多くの就業機会の創出ならびに我が国の社会・経済及び人材サービス産業の健全な発展に寄与することを目的としている。

名称 一般社団法人 人材サービス産業協議会
所在地(事務局) 〒105-0004 東京都港区新橋1-18-16 日本生命新橋ビル2F
URL https://j-hr.or.jp/
設立2012年10月
代表理事長:岩下順二郎

企画・編集:『日本の人事部』編集部