HR業界の注目情報掲載日:2012/12/03

一般社団法人 人材サービス産業協議会 理事長、副理事長に聞く
業界4団体が連携して取り組む三つのプロジェクトの方針とは

近年、日本の労働市場における構造的なアンマッチやミスマッチが増加し、労働市場における需給調整機能の更なる整備と高度化が求められています。このような課題に対応するために、全国求人情報協会、日本人材紹介事業協会、日本人材派遣協会、日本生産技能労務協会の人材業界4団体が10月1日に一般社団法人として、「人材サービス産業協議会」を設立しました。人材サービス産業を横断・連携する日本で唯一の機関となる同協議会ですが、雇用構造の変化や労働市場の要請に対して、どのようなグランドデザインや対策を考えているのでしょうか。理事長の中村恒一氏(株式会社リクルートホールディングス取締役相談役)と副理事長の高橋広敏氏(株式会社インテリジェンス代表取締役兼社長執行役員)に、お話を伺いました。

プロフィール
中村 恒一さん
中村 恒一さん
人材サービス産業協議会 理事長 株式会社リクルートホールディングス取締役相談役

なかむら・こういち/1981年株式会社日本リクルートセンター(現株式会社リクルートホールディングス)入社。採用開発部部長、中央営業部部長、代理店事業部事業部長、首都圏人材総合サービス事業部事業部長などを経て、99年取締役、2000年執行役員、01年常務執行役員、03年取締役兼常務執行役員、04年取締役兼専務執行役員、08年取締役兼副社長、12年取締役相談役に。全国求人情報協会常任委員長も務めると同時に、12年7月に発足した人材サービス産業協議会理事長に選出された。

高橋 広敏さん
高橋 広敏さん
人材サービス産業協議会 副理事長 株式会社インテリジェンス代表取締役兼社長執行役員

たかはし・ひろとし/1995年、株式会社インテリジェンスに入社。1999年に取締役、2001年に常務取締役に就任。人材派遣サービスディビジョン、メディアビジョン管掌等を経て2008年12月に代表取締役 兼 社長執行役員に就任。現在は日本人材派遣協会の副会長、全国求人情報協会の副理事長、人材サービス産業協議会の副理事長も務める。

4団体が力を合わせ、提言だけではなく、具体的な行動を起こしていく

人材サービス産業に関わる4団体が集まり、人材サービス産業協議会が一般社団法人として発足しました。設立の背景、理由についてお聞かせください。

中村:昨年、「人材サービス産業の近未来を考える会」を四つの協会(全国求人情報協会、日本人材紹介事業協会、日本人材派遣協会、日本生産技能労務協会)で立ち上げ、共同宣言と五つのテーマへの取り組みについて発表しました。実は、同じような活動を10年前の2002年にも「労働市場サービス産業の活性化のための提言」という形で行ったのですが、今回は宣言で終わるのではなく、具体的に行動を起こそうとしている点が大きく違っています。

五つのテーマは4協会にかかわる横断的なものなので、協会ごとに活動するというより、四つの協会が会員となり、新たな組織を立ち上げることが必要でした。また、「人材サービス産業の近未来を考える会」のような組織ではなく、新たなプロジェクトを立ち上げて進めていくことに力を入れます。労働市場におけるさまざまな調査、政策の提言などを行うにあたり、財政基盤がないと難しいということもあり、4協会の理事の賛同を得て、2012年10月に一般社団法人化しました。

お互いにライバル企業でもある中、四つの団体が集まることによるシナジー効果として、どのようなことを期待していますか。

中村:ライバル企業同士が同じ協会の中で活動することは、人材サービス産業協議会に始まったことではありません。既に、四つの協会で行われていたことです。各協会がそれぞれの問題意識の中で課題に対応していました。

例えば、全国求人情報協会は、求人情報の適正化をテーマに活動しています。各社が独自の掲載基準、必須項目などを持つ一方で、協会として最低限守るべきガイドラインを作りました。その目的は読者の保護です。正しく適正な情報を提供するという意味で、これは皆の共通の命題だからです。この点でのコンセンサスを得た上で、各社が活動を進めていくことになります。

さらに、協会への参画企業を拡大しています。一般的に、最初に入会した時は協会が要求する基準に満たない企業が多い。しかし、協会に入ることによって、その基準をクリアするためのノウハウを伝授する勉強会、協会内における資格試験などを受けることができます。入会してすぐには対応できないものの、時間をかけて学んでいくことにより、おおよそ1年以内で協会が求める基準をクリアできるようになります。

会員企業が増えていくことで、ガイドラインを守る企業が増えます。そして、お互いが切磋琢磨する中で、各企業の人材の質が向上し、業界としてのプレゼンスが上がっていくわけですね。

中村:法規制を守るのではなく、自主規制を行うのが基本スタンスです。人材派遣や人材紹介は許認可事業ですが、求人広告や請負の場合はそうではありません。一方で、憲法では言論の自由が認められています。そのような中で読者保護の観点から、求人広告会社は自主規制を設けているのです。こうした活動を通じて業界全体の適正化を図り、信頼を獲得することを目指しています。

高橋:雇用の問題が連日連夜、これほどまでにマスコミの話題になったことは記憶にありません。人材サービス産業に身を置く立場として、当然、雇用の問題の解決に向けて動かなければなりません。各社が自由競争の中で活動することは大切ですが、一方で新しい役割が社会から要請されている時に、4団体が連携してさまざまなことを協議していくのは非常に有益なことです。

各社が独自にサービスを提供すれば、一部のクライアントや特定の個人をサポートすることができるかもしれません。しかし、国や地域全体で考えた場合、果たしてそれで効率がいいと言えるでしょうか。例えば、地域の雇用問題やクライアントの問題を解決しようとする時には、特定の人材領域だけではなく、全体としての需給調整を図っていくことが我々の大きなミッションとなります。ある特定のサービスだけでは、今後対応できない問題が多くなるでしょう。実際、多くの人材サービス会社が複合化しています。これまで派遣単業だったのが、人材紹介業や求人広告業にも進出するケースが増えています。多様な選択肢やソリューションを提供していく必要があるわけで、そういう点からも人材サービス産業協議会には大きな意味があると思います。実際、賛同してくれる企業も非常に増えています。

また、個人が仕事を探す場面でも、求人広告を見て仕事を選ぶ、派遣会社に相談する、あるいは人材紹介会社に相談する、など多様なサービスが利用され始めています。それが求職者、そして求人企業のニーズなのです。ワンストップでのサービス展開が求められています。

三つのプロジェクトに取り組む理由

今回、三つのプロジェクトを立ち上げましたね。

中村:一つ目が「キャリア形成支援プロジェクト」。派遣・請負社員の就業管理において、ユーザー企業と連携して、能力評価の実施を徹底する仕組みを検討し、実務経験による能力開発(OJT)と能力開発につながる職場選択のサポートを促進しようというものです。二つ目が「キャリアチェンジプロジェクト」。ミドル年代層を中心とした、異なる産業・職業へのキャリアチェンジをどう進めていくかがテーマです。三つ目は「人材育成プロジェクト」で、人材サービス産業に携わる一人ひとりの職業能力の専門化と高度化を図るものです。

三つのテーマを取り上げた背景には、どのような問題意識があるのでしょうか。

中村:雇用モデルや働く人々の就業観が多様化している中で、特にリーマンショック以降、企業には人件費を下げたい、変動費化させたいというニーズが強くなっています。働く側からすれば、正規社員として働くことを望む人が多くいますが、一方で、全就業者の3分の1が非正規労働者として働いています。もちろん、非正規労働を余儀なくされているという人もいます。しかし、自ら非正規労働を選択している人も少なくありません。

雇用の多様化は、決して悪いことではありませんが、企業は合理性を重んじるので、正規労働者よりも非正規労働者の雇用を増やそうとします。しかし、日本の企業がすべて非正規労働者にシフトすると、マクロレベルでは大きな問題を抱えることになります。

高橋:例えば、人材育成に力を入れない企業が増える可能性があります。10年、20年後の人材のレベルを考えた時に、日本の労働生産性は本当に大丈夫なのかという議論が出ているのです。そういう流れを受け、行政は非正規労働ではなく、正規労働という働き方を推進しています。

中村:問題は、非正規労働という働き方が悪いのではなく、雇用が安定していないことや、正規労働と比較して処遇が劣っているという点です。正規労働者と同じような仕事をしていても、明らかに処遇や待遇に差があります。また正規労働者にはOJTはもちろん、Off-JTなどいろいろな教育訓練の場があります。そして、キャリアアップのためのジョブローテーションの機会なども与えられます。しかし、非正規労働者となると、なかなかそこまで企業の手が回りません。

非正規労働という働き方が悪いのではなくて、非正規労働者が処遇・教育・キャリアアップといった側面で、「負」を抱えていることが問題なのです。非正規労働を正規労働にするという一元論的な話ではありません。これら「負」への対応が重要な課題であり、解決のために取り組んでいこうというのが今回のプロジェクトの最初のテーマです。

高橋:今後はミドルの人たちが増えていきます。産業構造が変わるので、製造業から非製造業、もっと言えば情報産業、サービス業への産業構造の変化がある中で、製造業に勤めているミドル層の次のキャリアチェンジへの支援が必要です。そこには大きなアンマッチ、ミスマッチがありますが、それをどうしたら解消できるのか。突き詰めれば非正規労働者とミドルの問題の二つこそ、我々が緊急に取り組まなくてはならない課題です。これらの問題は各協会で対応するよりも、横断的に取り組んだ方が効果的です。

提言だけではなく、具体的な行動へと動いていこうとするのも、こうした問題意識が強くあるからですね。

中村:我々が力不足であるため、アンマッチやミスマッチを解決できていないという意識があります。この問題を解決したいのです。三つ目のプロジェクトに「人材育成プロジェクト」として、業界内の人材育成をあげたのも、こうした理由からです。就業人口は減っていますので、全体の市場も縮小していきます。人材のレベルが向上しないと、産業として成長できません。現在、市場規模は9兆円ですが、シュリンクしてしまうでしょう。

高橋:非正規労働者の人たちも、半数がより安定的な雇用、報酬のアップ、そしてそれに見合うキャリアの獲得などを考えています。しかし、企業側では、派遣やアウトソーシングしている人たちのキャリアアップまで、ほとんどスポットを当てていません。一方で、飲食業やサービス業などでは、パート・アルバイトの人たちは自分たちにとって非常に重要な戦力であると認識しています。例えば、コンビニエンスストアなどは、1割の正社員に対して9割のパート・アルバイトによって全国の店舗が運営されており、そういう人たちがキャリアを積んでもらうような施策を進めています。このように非正規労働者にどうやってキャリアを積んでもらうか、業界全体としてどのような仕組みをつくるか、それがテーマの大きな柱です。

非正規労働者を評価する仕組みが必要

具体的にはどのようなことを考えていますか。

中村: 最初は、派遣と請負から始めます。我々が労働者を雇用しているからです。処遇や教育・キャリアアップの面での課題を解決していくためには、まず、その人を評価しなければなりません。どういう仕事をしていて、どういった能力を持っていて、どんな成果を上げたのか。有期労働者は、雇用主が定期的に変わりますので、これを何とか横断的に、共通のフォーマットに落とし込んでいきたいと考えています。各社が独自のフォーマット、テーブル、言語を持っていると、評価する際に非効率です。これを何とか共通化していきたい。雇用主である我々がやろうと思えばできる話です。

高橋:ただし、問題もあります。派遣スタッフを評価する際には、派遣先企業の協力が必要になることです。しかし、派遣先企業にとっても、派遣スタッフの評価はぜひとも欲しい情報のはず。キャリア履歴が残るようなものができれば、派遣先企業にとってメリットは大きいでしょう。派遣スタッフにとっても待遇の改善やキャリアアップにもつながっていくはずです。さらに本人が次の仕事に移る時に、こういう仕事をしてきましたという身分を保証する「パスポート」のような効果を持つと思います。

中村:日本の派遣の現状は、座る席に値段が付いているようなものです。例えば、その椅子が時給1200円ならば、そこに誰が座っても1200円なのです。しかし、同じ仕事でも誰がやるのかによってパフォーマンスは異なります。だとしたら、その人と能力や成果に応じた報酬を考えなくてはなりません。値段が座る椅子ではなく人に付くようになれば、本人のやる気も大きく違ってくるでしょうし、ひいてはチーム、組織としての生産性向上にも寄与していきます。結果として、成果を上げれば次の契約更新の時には時給が100円上がる、といった仕組みになればいいと思います。

アルバイトやパートをうまく活用している企業では、そうした評価・昇給の制度を持っています。10円きざみで細かく時給を上げて、働く人のモチベーションを向上させているのです。そういう取り組みを我々も行っていきたいと考えています。

求められるミドル層の流動化を促進するツールの作成

二つ目のプロジェクトでは、どのようなことに注力していきますか。

高橋:これまでミドル層について、我々は積極的に手を付けていませんでした。しかし、2020年には働く人の平均年齢は45歳を超えます。日本の労働者のボリュームゾーンが40~50歳代になります。その人たちに対するガイドがきちんとできないのは、人材サービス会社としてどうなのか。そういう問題意識がありました。キャリアチェンジプロジェクトの中で取り組まなければならない課題はいくつかあるのですが、まずは、これからボリュームゾーンとなるミドルの人たちに焦点を当てていきます。

先ほどの非正規労働者のキャリアアップのための評価と似ていますが、ミドル層でも、エントリーフォーマットのようなものを統一化できないかと考えています。求人側が聞きたいことと、求職者側が表現したいことがフォーマット上で統一された状態で採用活動・転職活動が行われればいいと思います。新しいルールやガイドができれば、求人側・求職者側の双方の時間が短縮されます。

各社のフォーマットにはそれぞれ特徴がありますが、時間はかかったとしても、一定のベースとなるものを整えていきたい。そのためにも、プロジェクトでは、企業をはじめ、経済産業省、厚生労働省などに声をかけて、横断的に通用するようなキャリアパスポートの形を考えていきたいと思っています。

これは再就職支援会社と求人広告会社とハローワークが一緒にやろうと言えば、できることです。そのあとは、企業がこれは使いやすい、便利だと思うようになればいいわけです。これができれば、求人活動、求職活動の時間がかなり短縮され、選考プロセスは進みやすくなり、効率的になると思います。その上で、フォーマットに個人や企業が独自のプラスアルファを、付け加えていけばいいのです。

中村:ただ、ミドル層の場合、難しい問題があります。ミドル層の評価は、その人の保有能力がどうなのかということだからです。能力には基礎能力と専門スキル、ビジネススキルとありますが、ミドルになればなるほど専門スキルが買われます。しかし、異業種、異職種に転職するということは、この専門スキルを捨てるということになり、評価の対象から外れてしまうのです。

要は、今持っている保有能力と、転出先で求められる保有能力を変換するプロトコルがいるわけです。そのためには、能力開発をしなければなりません。問題は、その能力開発コストを誰が持つかということです。

また、個人側から見ると、本来、高く売れるであろう専門スキルを捨てなくてはいけないので、結果的に年収が下がるケースが多くなります。それから、働く地域が変わることもあります。しかし、家庭を抱えているミドルには、そうした広域流動性がありません。これからミドル層の異業種・異職種への転職が増える中、こうした問題をどう解決していくかが重要です。

高橋:ミドルの人材流動化を進めるためには、基礎能力、専門スキル、ビジネススキル、といったポータブルなビジネススキルと、ヒューマンスキルがうまく表現できるフォーマットが必要です。それが表現された上で、それを見て企業側とうまくマッチングできるプロトコルを編み出すことができると、プロジェクトの意味は大いにあると思っています。

業界としてのレベルアップを図り、プロジェクトを形にしていく

三つ目のテーマでは、どのようなことを行う予定ですか。

高橋:人材サービス業界として経営者、そして従業員のレベルを上げるためにはどうすればいいのかを考えていきます。初年度はまず、経営者向けのセミナーからスタートします。

中村:また、定期的に協議会の理事会を行います。向こう3年間くらいのスパンの中で、協議会として取り組むべきアジェンダ(行動計画)のプランを考えていますが、それを次回の理事会で議論したいと思っています。そうなると、プロジェクトとはまた別に、委員会という形で活動が始まることになるでしょう。

今後の展開についてお教えください。

中村:会員の多くは地方にいますが、地方には雇用促進が大きな課題として存在しています。この問題を解決するためには、地方公共団体と組む必要があるでしょう。我々だけでできることには限界があります。雇用調整を行うことはできますが、新たな雇用を創出することはできませんから。また、地方では、農業や水産業など、一次産業が主産業である地域が少なくありません。都市部とは異なる雇用形態が中心になるでしょう。

高橋:誰かに雇用されるというよりも家業とか自営、インディペンデント・コントラクターといった形態が中心となるように思います。地域にネットワークがあって、皆で助け合って共生していく。そういうスタイルになっていくのではないでしょうか。

中村:我々が扱うのはモノではなく人です。コンプライアンスを順守して、自ら自主規制を行っていくことがとても大切だと思っています。そして、プロジェクトでも行いますが、この産業に携わる人のレベルアップ・人材育成が大きな課題です。これを行わないと、実践が伴いません。この二つを強く意識しながら、業界全体を活性化していきたいと考えています。

高橋:スタートしたばかりなので、まだ成果はありません。最初の1年が大事だと思っています。既に、いくつかのプロジェクトが進んでいますが、まずはそれらをしっかりと進めていくことが大事だと考えています。そして、なるべく早い段階でプロジェクトの成果を形にしたい。人材サービス産業としてやるべきことをきちんとやっていると、世の中から評価されるよう、頑張っていきたいと思っています。

(取材は2012年10月11日、東京・千代田区の株式会社リクルートホールディングスにて)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「HRペディア「人事辞典」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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