HR業界の注目情報掲載日:2022/08/05

派遣社員と派遣先の双方が安心できるサービス基準を満たした派遣会社を認定
「優良派遣事業者認定制度」の管理・運営を行う

一般社団法人 人材サービス産業協議会 事務局長

川野晋太郎さん

派遣社員と派遣先の双方が安心できるサービス基準を満たした派遣会社を認定 「優良派遣事業者認定制度」の管理・運営を行う

働き方が多様化している現在、個人の志向や事情を踏まえながら働ける派遣社員という雇用形態が、働く人にとって重要な選択肢のひとつになっています。ただ、人材派遣業界は多くの事業者が参入している業界であり、働く人にとっても、派遣を受け入れる企業・団体にとっても、品質の高いサービスを提供してくれる事業者を識別することが難しい状況にありました。そこで厚生労働省の委託事業により、法令遵守や派遣社員のキャリア形成支援、より良い労働環境の確保、トラブル予防などについて十分な取り組みができている事業者を認定する「優良派遣事業者認定制度」が創設されました。同制度の管理・運営を行う人材サービス産業協議会の川野事務局長に、制度の概要や認定を受けるメリット、申請までのサポートなどについて詳しくうかがいました。

Profile
川野晋太郎さん
川野晋太郎さん
一般社団法人 人材サービス産業協議会 事務局長

かわの・しんたろう/1986年新卒で大手人材サービス会社入社。社長室、経営企画部、新規事業開発、人事部、広報部、HR事業を16年近く歴任後、2016年から一般社団法人日本人材紹介事業協会の事務局長を務め、現在は一般社団法人人材サービス産業協議会(JHR)事務局長。また厚生労働省の委託事業の責任者や委員会の委員も経験。認定NPO法人キャリア権推進ネットワークの広報部長も務める。

2014年に運用を開始。全国143社が認定を取得

人材サービス産業協議会が厚生労働省より管理・運営を委託されている「優良派遣事業者認定制度」とはどのような制度なのでしょうか。

派遣という働き方は現在、社会においてとても大事な存在となっています。かつては勤務地も労働時間も職務も選べない無限定雇用があたりまえでした。派遣はそうではない、個人の志向や事情を踏まえた自分らしい働き方も可能であることを世の中に広く知らしめるきっかけになったといえます。派遣がこれだけ一般的になったのは、そのような働き方が時代のニーズにマッチしていると考えられたからでしょう。現在では全国に約3万社以上あり、派遣先は約75万件という大きな業界になっています。

同時に人材派遣は、市場環境の影響をいち早く受けることや、職務の範囲が契約によって決められていることなどもあるため、派遣で働く人が安心できる就業環境の提供やキャリア形成を支援することが非常に重要です。また、派遣社員を受け入れる企業側にも、派遣法をはじめとした法令遵守を確実にするにはどうしたらよいか、何かトラブルが起きたときにどう対応したらいいのかといった点は安心して派遣を活用する際の重要なポイントです。

もちろん、そうした人材派遣ならではの課題にしっかりと向き合い、適切に運営している事業者は多数あります。しかし、すでに大きな業界になっているため、派遣で働くことを希望する方々にとっても派遣を利用する企業・団体にとっても「どの派遣会社が良いのだろう」と迷ってしまう状況が生まれていたのではないでしょうか。

そこで、優良なサービスを提供している事業者がすぐわかるようにしたいという目的でスタートしたのが「優良派遣事業者認定制度」です。特に人材派遣の課題とされている、派遣社員のキャリア形成支援や就労管理がしっかりしている事業者が明確になることで、働き手も利用企業も安心できる事業者を見つけやすくなります。2014年に制度ができ、現在では全国で143社がこの認定を取得しています。

優良派遣事業者認定制度のねらい

優良派遣事業者認定制度のねらい(「優良派遣事業者認定制度」ホームページより)

人材派遣は国の許可事業ですが、それだけでは十分でなかったということでしょうか。

厚生労働省の許可は、あくまでも資格要件を満たしており、法令に則っているかといった観点のものです。その意味ではしっかりとした事業者だから許可されているといえるのですが、働き手や利用企業が求める高い品質のサービスを提供できているか、不安要素を解消するだけの取り組みができているかどうかはわかりにくいものです。そこをわかりやすくすることが働き手や利用企業の双方にとってメリットであり、人材派遣業界全体の健全な発展に資するということから本制度が整備されました。

優良事業者に認定されるための審査項目について教えてください。また、その中で特に重視されることをお聞かせください。

認定基準は全部で81項目あります。これらはすべて公開されており、全ての項目をクリアする必要があります。大きく四つの分野にわかれていますので、ひとつずつ説明していきます。

  1. 事業体に関する基準」は、派遣元の事業者が信頼できる経営基盤があり、コンプライアンス意識も高い会社であるかどうかを確認するものです。事業健全性、社内監査体制、情報管理・保護などがポイントです。
  2. 「派遣社員の適正就労とフォローアップに関する基準」は、派遣社員の就労管理を適切にできる社内体制が確立されていることを確認するものです。派遣社員の募集・採用、派遣社員の安定就労とフォローアップ、派遣社員の雇用管理などがポイントです。
  3. 「派遣社員のキャリア形成と処遇向上に関する基準」は、教育・研修の充実度やキャリア支援のための施策を確認するものです。キャリア形成支援が十分でないと、派遣社員はいつまでも同じレベルの仕事を紹介されたり、成長実感がわかないことからモチベーションも低下したり、給与アップなどにもつながりにくいためです。
  4. 「派遣先へのサービス提供に関する基準」は、派遣先での就労環境整備、トラブル予防や是正措置などが十分かどうかを確認するものです。派遣先ニーズへの対応、派遣先の就業環境の整備、派遣先での苦情・トラブル予防などがポイントです。

特に大切なのは、派遣社員の就労管理とキャリア形成支援に関連する(2)(3)の諸基準です。この2分野で全81項目のうち46項目を占めていることからも、その重要性を理解できると思います。

認定基準チェックリスト

認定基準の81項目の一部。詳細は以下の「認定基準チェックリスト」を参照
https://yuryohaken.info/wp/wp-content/uploads/2017/07/786a07bedab70e5e5ecff3d0dcdc3e27.pdf

審査はどのように行われるのでしょうか。

認定基準には法律で定められている項目も含まれています。また、法律では努力義務で、業務取扱要領で「望ましい」と表現されているものでも、しっかりと取り組むべきと判断されたものはチェック項目にしているものもあります。

たとえば法律では、キャリア形成支援について毎年概ね8時間以上の有給研修を行うと決められていますが、本制度ではそれ(年間8時間)以上の教育研修機会の提供ができていることを求めています。また、具体的にどのようなカリキュラムを提供しているのかということも確認します。

非常時における派遣社員の安否確認については、単に安否確認をしているかどうかだけではなく、どういうプロセスで安否確認をするのか、情報集約は誰がするのか、連絡がつかない場合はどう対処するのかといった細部まで求めます。さらにその仕組みがきちんと機能するかどうかテストしていることも確認します。仕組みがあるだけでなく、実際に何か起きた際にきちんと対応できるかどうかが重要だからです。このように派遣会社がとるべき行動や整えるべき仕組みとして必要なものをチェックしています。

認定のメリットは営業面・人材採用面以外にも

現在、認定を受けている優良派遣事業者の企業規模、地域、設立からの年数、サービスの特徴などに目立った傾向はあるのでしょうか。

まず全国展開している大手企業、あるいは各地域を代表するような主要企業はほぼ認定されています。しかし、社数としてもっとも多いのは、派遣社員5000人以下で売上高10~50億円程度の中堅規模の事業者です。現在の認定企業が143社と聞くと少ないと感じるかもしれませんが、派遣社員の人数で見ると派遣市場全体の約30%をカバーしています。地域としては派遣会社が集中している都市部が多くなっています。

数万社あるといわれる事業者に対して認定企業143社、派遣社員全体の30%という数字はまだまだ伸びしろがあるという印象です。

派遣許可を取っている全事業者のうち3割程度は許可を取っていても事業実績がありません。通常は派遣以外の人材サービスをメインに行っている会社や、専門性の高い職種での派遣を行っている、派遣社員数が少なく対象となる顧客も限定されている、といった小規模の会社には、本制度が求めているような仕組みを厳密に整備する必要性があまりないと考えられることもあるでしょう。

誰が担当してもサービスレベルが変わらないシステムをつくり、担当者の育成や管理を行う必要があるのは、中堅以上の企業です。一定以上の規模の事業者では、本制度が求めているような細部をきちんと整備することでサービスの品質を大きく上げることができます。そのため、143社、30%という数字は見た目以上に影響力が大きいと思っています。企業が人材派遣の活用を検討したときに、無理なく手の届く範囲に優良認定を持っている派遣会社がある形になっているのではないでしょうか。企業規模や地域を問わず、さまざまな事業者にこの制度にもっと関心を持ってほしいという気持ちはありますが、最低限のラインは押さえられていると考えています。

優良派遣事業者に認定されることで、事業者はどのようなメリットを享受できるのでしょうか。

いちばん大きいのは派遣社員、派遣先へのアピールになる、ということです。安心できる事業者であることを第三者の認定で証明できるからです。優良認定を受けていればトラブルが生じないようにする仕組みもあり、万一何かトラブルが生じた場合でも適切に対処・改善できる仕組みがあることは派遣社員と派遣先の安心感につながります。そのため、認定取得を入札条件とする官公庁や団体・企業も年々増えています。

一般社団法人 人材サービス産業協議会 事務局長 川野晋太郎さん

実際、企業への認知度調査では、人材派遣を利用している会社のおよそ6割が本制度を知っており、そのうち約8割が「認定を取得している事業者を利用したい」と回答しています。すでに認定事業者をメインの派遣会社にしている企業では「コンプライアンス面での安心感」や「スタッフの質の高さ(教育研修の充実)」などをとりわけ高く評価しているようです。また派遣先が大手企業の場合、「優良派遣認定事業者に発注する」などという方針が出ると傘下のグループ企業もそれに準ずる傾向があり、非常に波及効果は大きいと思います。

その他、外国籍社員の在留資格認定証申請が簡略化できたり、名刺・ホームページなどに認定マークを印刷・掲載することで信頼性が向上したりするといったメリットもあります。営業面だけでなく、人材採用面でも他の事業者との差別化をはかることができます。

「安心」が非常に大きなポイントになっているということですね。

本制度はトラブル対応や緊急時対応などの仕組みをかなり細かく求めています。そのため、申請に際しては関連する自社の仕組みを再点検し、不十分な場合は明確化、明文化していくプロセスを踏む必要があります。実はこのプロセスも認定を受ける大きなメリットのひとつだと考えています。認定申請を通じて、自社の事業運営を一段階高いレベルの合理的なものにバージョンアップできるからです。実際、認定を取得することで事業運営のレベルが上がったという声を聞くことは多いですね。

どの事業者も高い品質のサービスを提供していきたいと考えているでしょう。しかし、何が派遣業において高い品質なのかは現実のニーズに直面しないとなかなかわからないものです。本制度はそれを81項目に標準化したものだといえます。制度の認知が高まることで、派遣業全体の品質向上にも寄与できればと考えています。

全国説明会と申請準備セミナーでサポート

これまで制度の説明会を開催されてきたとうかがいました。2022年度も引き続き開催される予定はあるのでしょうか。

その予定です。私どもの主催している説明会には2種類あります。ひとつは「全国説明会」で、制度の背景や概要、申請に必要な要件、81項目の審査基準などを詳しく説明します。もうひとつは「申請準備セミナー」で、認定を受けたいという事業者にどんな準備をどのように進めればよいのかを具体的に説明していきます。参加者にはわかりやすい資料(テキスト)も配布しています。今年度は対面形式での説明会を6回、オンラインでの説明会を4回開催することを予定しています。また、申請準備セミナーは、全てオンラインで3回行う予定です。

どれくらいの規模で開催するのでしょうか。

オンライン開催の全国説明会には、多いときで1回につき約140事業者が参加しました。人数では約200人です。1事業者から複数人参加しても問題ありません。オンラインではなく各地域で開催する場合はもう少し小規模なので、個別相談なども可能です。

制度に関心を持っている事業者が多いという印象を受けました。

優良事業者の認定は、1回受ければ終わりではありません。法律や社会情勢も変化するので、3年に1回更新していくシステムになっています。説明会の参加者のうち半分程度はすでに認定を取得されている事業者です。担当者が変わった場合、次回の更新に備えて最新情報を得たい、といった理由で参加することが多いようです。

申請して認定を受けるまでのスケジュールを教えてください。

受付は年2回です。前期は6月に申請して、7~8月に審査、9月に認定という流れになります。後期は11月に申請、12~1月に審査、3月に認定です。ただし、申請に先立って社内の仕組みやシステムなどを見直すことになった場合は、その期間もあらかじめ見込んでおくことが必要です。

これまでの事例を見ると、新規の場合は平均で1年~1年半程度、準備期間が必要と思われます。システム投資も必要になると、「今年度の予算はもうないので来年度以降に」となることも珍しくありません。外資系企業などに多いのですが、マニュアルがすでに細かく整備されているような場合は、そこまで時間はかからないと思われます。

サービスの品質を高め人材派遣の一層の発展に

今後、日本の派遣事業者に心がけてほしいことは何でしょうか。優良派遣事業者に認定されたいと考えている派遣事業者、またすでに認定を受けている事業者の皆さんへのメッセージをお願いします。

近年、雇用が多様化し、正社員・派遣社員以外にも兼業・副業や業務委託など、さまざまな働き方の形態が出てきています。それらと比較しても、派遣は派遣会社が雇用主として労務管理を行い、社会保険にも加入できるので、より安心できる雇用形態だといえます。さらに派遣事業を行ううえで、キャリア形成支援は法令で義務付けられているだけではなく、労働市場の中長期的な変化に対応するためにも必要不可欠です。高い品質のサービスを実現し、派遣をより働きやすく安心できる雇用形態に発展させていくためには、質の高い人材派遣業を支える事業者が成長していくことも非常に大事なことです。

また、欧米のようなインターンシップの習慣がない日本では、転職時に他業界を知るための有効な手段でもあります。雇用の流動化を進める上で、大きな役割を果たす働き方といえるでしょう。

派遣業界がめざすべき方向性を具体化し、実効性のあるものにしていく上でも、本制度は大きな役割を果たしていると考えています。多くの事業者が優良認定を取得すれば、世の中に品質の高い派遣サービスが増えることになります。社会的な理解・支持を得られる業界を皆さんと一緒につくっていきたい、というのが私たちの願いです。

一般社団法人 人材サービス産業協議会 事務局長 川野晋太郎さん

(取材:2022年6月24日)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「HRペディア「人事辞典」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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