『ビジネスガイド』提携

従業員に対し「能力不足」による降格を実施する場合の
法的留意点と踏むべき手順 (3/4ページ)

弁護士 藤井 康広(ベーカー&マッケンジー法律事務所(外国法共同事業))

2013/9/20

5.人事異動としての降格―降格と減給

(1)職位ないし職務の引下げと賃金減額

降格には賃金の減額を伴うことが少なくないと思います。一見、降格あるいは降格処分が人事権の行使として広く認められるのであれば、それに伴う賃金減額も有効であると考えがちです。しかし、本来、賃金は、労働者にとって最も重要な権利ないし労働条件ですので、原則として、使用者が労働者の同意を得ることなく一方的に減額することはできないと考えられています(チェースマンハッタン銀行事件・東京地判H6.9.14労判656号17頁ほか)。このため、降格が賃金減額を伴う場合、降格ないし賃金減額の有効性が厳格に判断される傾向にあります。

例えば、日本ガイダント仙台営業所事件(仙台地決H14.1.14労判842号56頁)では、「労働者の業務内容を変更する配転と業務ごとに位置付けられた給与等級の降格の双方を内包する配転命令の効力を判断するに際しては、給与等級の降格があっても、諸手当等の関係で結果的に支給される賃金が全体として従前より減少しないかまたは減少幅が微々たる場合と、給与等級の降格によって、基本給等が大幅に減額して支給される賃金が従前の賃金と比較して大きく減少する場合とを同一に取り扱うことは相当ではない。従前の賃金を大幅に切り下げる場合の配転命令の効力を判断するにあたっては、賃金が労働条件中最も重要な要素であり、賃金減少が労働者の経済生活に直截かつ重大な影響を与えることから、配転の側面における使用者の人事権の裁量を重視することはできず、労働者の適性、能力、実績等の労働者の帰責性の有無及びその程度、降格の動機及び目的、使用者側の業務上の必要性の有無及びその程度、降格の運用状況等を総合考慮し、従前の賃金からの減少を相当とする客観的合理性がない限り、当該降格は無効と解すべきである。そして、降格が無効となった場合には、本件配転命令に基づく賃金の減少を根拠付けることができなくなるから、賃金減少の原因となった給与等級PIの営業事務職への配転自体も無効となり、本件配転命令全体を無効と解すべきである」と判示されています。

ところで、降格と賃金減額の有効性の判断へのアプローチについては、概ね二つのアプローチがあるように思います。一つは、「降格と賃金減額を区別して検討する」というアプローチ、もう一つは、「降格と賃金減額を一体として検討する」というアプローチです。

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降格と賃金減額を区別するアプローチは、降格と賃金減額とはまったく別の問題ということになりますので、降格の有効性と賃金減額の有効性とは必ずしも一致しないということになります。つまり、降格が有効であるとしても、賃金減額が無効という場合が生じてきます(デイエフアイ西友事件・東京地決H9.1.24労判719号87頁、学校法人聖望学園ほか事件・東京地判H21.4.27労判986号28頁ほか)。このアプローチでは、降格の有効性については、賃金減額を考慮することなく判断されますので、人事権の行使として広く認められる傾向があります。他方、賃金減額は、使用者の一方的な賃金減額の可否という観点から判断されます。すなわち、使用者の一方的な賃金減額は、「法令の定めや新たな労働協約の締結又は就業規則の改訂(変更)によらない限り、就業規則等の定めに反して」実施することはできないとされますので(東京都観光汽船事件・東京地判H21.7.13労判922号89頁)、降格に伴う賃金減額も、就業規則の定めに従ってのみ実施することができるということになります。

例えば、役職手当や職務手当については、賃金規程において、当該手当(賃金)が役職ないし職務に応じて支給されることが明確ですので、降格により当該役職または職務を失う以上は不支給となるのは当然ということになります(笹原メーソンリー事件・大阪地判H11.7.30労判778号85頁、前述学校法人聖望学園ほか事件ほか)。しかし、このような手当でも、就業規則上、職務との関係が不明確であれば、役職を失ったことによる手当の不支給は無効となります(石油産業新聞社事件・東京地判H13.10.11労経速2129号14頁)。

また、基本給の減額についても、降格と明確に関連付けられていない限り認められません(京都広告事件・大阪高判H3.12.25労判621号80頁、前掲デイエフアイ西友事件ほか)。基本給の減額が降格と明確に関連付けられている例としては、職能資格制度や職務等級制度などにおいて、降格が資格の引下げないし等級の変動と明確に関連付けられ、かつ、それがさらに賃金等級の引下げないし賃金減額と明確に関連付けられている場合に限られます。

他方、降格と賃金減額を一体として検討するアプローチは、賃金減額は、降格の有効・無効の判断に際して、「使用者側における業務上・組織上の必要性の有無・程度、労働者がその職務・地位にふさわしい能力・適性を有するかどうか、労働者の受ける不利益の性質・程度等」の判断要素の中の「労働者の受ける不利益の性質・程度」において考慮されることになります。大阪府板金工業組合事件(大阪地判H22.5.21労判1015号48頁)では、降格による3万2、000円の賃金減少を踏まえて降格が人事権の濫用・無効と判断されています(同様のアプローチにおいて降格および賃金減額を有効としたものとして、前述バンクオブアメリカイリノイ事件、上州屋事件・東京地判H11.10.29労判774号12頁、前述アメリカン・スクール事件、前述東京都自動車整備振興会事件ほか)。このアプローチは、降格と減給が就業規則上明確に関連付けられていない場合でも、賃金減額を有効と判断する余地があります。

いずれにしても、降格に伴う減給の場合は、役職手当や職務手当など、役職ないし職務との関連性が就業規則上明確な賃金については別にして、賃金(特に基本給)を減額できかどうかについては、就業規則上の根拠、ならびに、賃金減額の相当性を踏まえて慎重に検討すべきことになります。

(2)職能資格制度における資格の引下げと賃金減額

職能資格制度は、技能・経験などに基づく職務遂行能力を基準として賃金(職能給)を定める制度です。基本的には、年功に応じて技能と経験が蓄積し、減退することはないということから、資格の引下げは、職能資格制度が予定していない行為であり、労働契約の内容の変更となるため、労働者の同意がなければできないと考えられています(前述学校法人聖望学園ほか事件)。したがって、職位ないし職務の引下げは、人事権の行使として可能であっても、それに伴って資格を引き下げることはできないと解されています。そのため、資格に応じて定められている賃金(基本給)は、降格を理由として減じることはできません。もちろん、この場合でも、職位あるいは職務に対して支払われる役職手当や職務手当は、職能資格とは無関係ですので、例えば、降格に伴って役職を失えば、降格が適法である限り役職手当の支給が受けられなくなることは、前述の通りです。

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しかし、職能資格制度においても、降格によっても賃金の減額ができないとすれば、企業秩序や従業員の動機付けという点を踏まえても望ましくなく、また、降格と賃金とを別個の問題として考えることも企業の実態にそぐわない面があります。渡島信用金庫事件(函館地判H14.9.26労判841号58頁)では、降格に伴う賃金減額についての就業規則上の明確な定めを欠くとしながらも、「資格規定における資格と給与規程における等級との剥離を生じさせておくべきではないと解される」として、昇格の場合の昇給の規定を類推適用して、降格に伴う減給をその枠内(賃金変動幅)で認める判断がされています。もちろん、職能資格制度においても、就業規則において、降格・降級(賃金減額)について定められている場合は、賃金減額を伴う降格を実施することも可能ですので(アーク証券事件・東京地決H8.12.11労判711号57頁、アーク証券(第二次仮処分)事件・東京地決H10.7.17労判749号49頁ほか)、就業規則等を確認する必要があります。もっとも、就業規則等において、降格(職位ないし職務の引下げ)が、資格の引下げと明確に関連付けられ、かつ、それがさらに賃金減額と明確に関連付けられていなければならないことは、前述の通りです(フジシール(配転・降格)事件・大阪地判H12.8.28労判793号13頁)。

なお、現在では、業務革新の速度や職務の複雑化、スピード化、あるいは、通信手段や事務機器の進歩などにより、年功のみで業務遂行能力が上昇するというのは実態に合致しておらず、むしろ、労働者が日々の研鑽や新たな知識の習得を怠れば、業務能力遂行が相対的に低下していく場合も少なくありません。このため現在では、業績評価の結果を踏まえて、職能資格の引下げを含む変更を可能とする制度に変更していく使用者も多くいます(能力給制度)。しかし、このような能力給制度における資格ないし等級の変動は、人事異動としての降格とは必ずしも連動していませんので、降格(職位ないし職務の引下げ)と能力給制度における資格ないし等級とが、就業規則上、明確に関連付けられていなければ、賃金減額はできないというのは同じです(もっとも、能力給制度の下では、もとより、業績評価の結果として、職位の引下げと資格の引下げが同時に実施されることになり、職位の引下げの結果として資格が引き下げられるわけではありませんので、もともと、降格(職位ないし職務の引下げ)と賃金減額は別の問題ということができる)。

(3)職務等級制度における等級の引下げと賃金減額

職務等級制度の場合、職務の難易度、責任度合い、会社への貢献度などに応じて職務ごとに賃金(賃金幅)を決める制度です。職務等級制度にもいろいろあり、職務等級制度の中には、能力給制度との併用型の制度もあることについては、すでに述べた通りです。

職務等級制度の場合、職位ないし職務と賃金が連動していますので、降格に伴う職務等級の変更(降級)は客観的です。このため、原則として、降格が有効であれば賃金減額も有効ということになります。しかし、降格に伴う賃金減額は就業規則に明示されている場合にのみ可能であるとするならば、少なくとも、制度上、あるいは、制度の趣旨ないし目的から、降格に伴って賃金減額(降級)が予定されているというだけでは足りず、就業規則において、降格と賃金減額の連動性、すなわち、降格の場合に賃金減額が生じることが明示されていなければならないと考えられます。

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配転の事例ではありますが、コナミデジタルエンタテインメント事件(東京高判H23.12.27労判1042号15頁)では、「役割報酬の引下げは、労働者にとって最も重要な労働条件の一つである賃金額を不利益に変更するものであるから、就業規則や年俸規定に明示的な根拠もなく、労働者の個別の同意もないまま、使用者の一方的な行為によって行うことは許されないというべきであり、そして、役割グレードの変更についても、そのような役割報酬の減額と連動するものとして行われるものである以上、労働者の個別の同意を得ることなく、使用者の一方的な行為によって行なうことは、同じく許されないというべきであり、それが担当職務の変更を伴うものであっても、人事権の濫用として許されないというべきである」として、賃金減額は無効と判断されています。さらに、東京アメリカンクラブ事件(東京地判H11.11.26労判778号40頁)では、職務等級制度といえども、「厳密には全職名と等級号俸とは関連付けられておらず、また、従業員の受ける不利益を考慮したり、従業員との合意に基づいたりして、等級号俸制を弾力的な運用してきたものというべきであり、職務の変更に伴い当然に変更された等級号俸を適用しているということはできず、職種の変更と基本給の変更は個別に当該従業員との間で合意され、決定されてきたものといわざるをえない」として、職務の変更に伴う等級号俸の変更(賃金減額)は無効と判断されていることに留意する必要があります。


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