『ビジネスガイド』提携

定昇「廃止・縮小」を行うとどうなる?
中小企業における「定期昇給見直し」の考え方と実務上の留意点【後編】
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特定社会保険労務士 増山 正紀

2.定期昇給見直しをめぐる法的問題点と留意すべき事項

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定期昇給の見直しや廃止にあたっては、将来にわたって支給される賃金にも影響するため、紛争が生じることがあります。そこで、定期昇給をめぐる最近の裁判例を取り上げながら、法的問題点と留意すべき事項を考えてみたいと思います。

(1)「定期昇給」に関連した2つの裁判例

1つ目は業績悪化を理由に6年間定期昇給を停止したのは違法として、従業員らが建設機械メーカーである会社側を相手取り、計約6、800万円の損害賠償を求めた三和機材事件(千葉地判平22.3.19)です。

裁判所は、「労働組合に真摯に定期昇給停止の必要性について説明したとは認められない」として、定期昇給が行われた場合との賃金の差額を支払うよう会社側に命じました。判決では会社が定期昇給を停止したことについて、同社の就業規則に定める事業の情勢によって昇給を停止するとの規定の適用は、「会社側の裁量で適用出来るものではない」としたうえで、「(1)昇給停止が必要な会社側の必要性の内容、程度、(2)昇給停止の内容とそれにより従業員が被る不利益の程度、(3)労働組合との交渉経緯等を考慮した上で決めるべき」との判断を示し、その結果会社には上記必要性が認められるものの、その資産内容、定期昇給実施による支出額、組合らへの説明の態様からすると、本件昇給停止は相当でなく組合員らは昇給を受ける権利があるとしました。

本件では就業規則に昇給の具体的な基準は存在せず、内規(並存型職能給の運用規定)による昇給額の計算が可能となっていました。裁判所はこれについて「内規に基づく昇給を約束する黙示の合意が成立していた」と判示し、従業員の昇給請求権を認めたのです。

2つ目は、年功的賃金制度(年功的職能給制度も含む)における定期昇給、定期昇給請求権の成否が問われ争われた高見澤電機製作所事件(東京高判平17.3.30)です。ここでは、「給与規程において定期昇給の定めがあったからといって、具体的昇給基準の定めがないから、これを根拠に定期昇給の実施義務があると認めることは出来ず、また、35年間にわたり定期昇給が実施されてきたものの、これは各年の団体交渉で妥結した結果によるものであり、定期昇給を労使慣行としてこれが法的拘束力を有するに至ったとまで認めることは出来ないとして、定期昇給義務があったことを前提にその不実施を理由とする控訴人らの損害賠償請求はその前提を欠き失当であり、その請求を棄却した原判決の判断は正当である」として、会社側が勝訴しています。

(2)就業規則の定めと定期昇給実施義務

労基法では昇給について89条2号で規定し、昇給に関する事項は就業規則上の絶対的記載事項となります。そのため、就業規則(賃金規程)には具体的に昇給の有無、昇給期間、昇給の条件等を規定しなければなりませんが、労基法自体は昇給を使用者に義務付けてはいません。問題は、就業規則(賃金規程)の定める規定内容次第では昇給実施義務が生まれることです。上記裁判例にもありましたように、具体的な昇給基準などが定められている場合には昇給を行う必要があり、据置きや降給は就業規則違反となる可能性があります。

それに対し、「賃金は原則年1回定期に見直す」とだけ定められているだけで、具体的な昇給基準などが定められていない場合は据置き、降給とする可能性も排除されていませんので、特に問題とはなり得ません。従業員に対して、「業績不振により、今年は全従業員の賃金を据え置くことにする」旨を通知すればよいわけです。ただし、従業員に対し「なぜ昇給停止するか」という理由を詳しく説明すると同時に、今後の展望見通しを述べ、会社への不信感あるいは仕事へのモチベーションが下がらないような配慮を行い、十分な理解を得るように努めなければなりません。

(3)定期昇給見直しと不利益変更

今後、定期昇給についての規定を変更する場合、「就業規則の変更」に該当しますので、その変更が労働条件の不利益変更に該当する場合には注意が必要です。

昇給に関する規定の変更に関する重要な判例に大曲市農業協同組合事件(最三小判昭63.2.16)があります。判決によると、昇給規定の変更は「労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更」にあたり、「当該条項がそのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるもの」としています。そのため、定期昇給を従業員に不利益に変更する場合は、変更する合理的理由、経過措置等の代償措置、それに従業員との丁寧な協議を経るという手続きが必要です。

先に述べたように就業規則の不利益変更に関する判例法理は、「合理性原則」などと言われている法理で、過去の最高裁判例の集積によりほぼ確立しています。

最近の裁判例によると、従業員にとって不利益性の極めて大きい事案の場合のみ高度の必要性に基づく合理性(企業存亡にかかる危機的状況)が求められますが、そのような事案でなくても、例えば経営の行き詰まりが予想されるといった早期の段階においても会社による賃金の弾力的調整を図る余地は認められているようです。ただし、それには経営の必要性に基づき従業員に十分な説明をして同意を得る努力をしたり、あるいは合理的な人事考課制度を導入したりしているならば、賃金制度の変更についての合理性が肯定できるということになるようです。

(4)定期昇給見直しにおける留意事項

以前よりも中小企業で定期昇給を設定しているところは減りつつあるものの、まだまだ数は多いと思います。制度としてはありながら、実際は何年も定期昇給の停止を続けているという話もよく耳にします。

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中小企業においては、従業員との信頼関係を維持し、つなぎ止めるためには、定期昇給制度が必要不可欠とも言えます。そのため、定期昇給の持つ法的リスクについて十分留意しながらも、制度の持つ意味あるいは重みを受け止めた経営が、基本的には今後も進められていくものと思います。

しかしながら、グローバル経済の進展が進み、国際間競争(コスト競争)がますます激化する中で定期昇給の維持が以前にも増して厳しくなっていくのも事実ですので、自社の実情に合った(身の丈相応)仕組みと方法に変更し、そのうえで従業員の能力をフル活用し、この難しい経営環境を乗り越えていくことが必要でもあります。

その際、併せて社内の非正規従業員に対する昇給についての検討も忘れてはいけません。現在では彼らの会社貢献度も以前よりはるかに大きくなり戦力化していますので、モチベーションアップのための方策を検討すべきです。


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