『ビジネスガイド』提携

研修参加の義務付けは「アリ」なのか?
新人研修・従業員研修をめぐるQ&A 【前編】 (2/3ページ)

ロア・ユナイテッド法律事務所代表パートナー弁護士
千葉大学法科大学院客員教授、青山学院大学客員教授、首都大学東京法科大学院講師
岩出 誠

Q1 入社前研修中の事故と損害賠償責任

Q: A社は機械メーカーで、大卒新入従業員全員に入社前研修を実施していました。内容は、数日のビジネスマナーなどの座学の後はプレス機械の操作補助など実習が中心で、高卒者初任給程度の賃金が時間給で支払われていました。その期間中、内定者Bが座学の研修段階で研修施設に来る途中で交通事故に遭い、内定者Cは、実習段階で機械に接触して大怪我を負いました。A社は、B、Cから補償を求められていますが、労災保険の適用などはどうなりますか?

A: 労災保険が適用されない場合があるうえ、適用の有無にかかわらず安全配慮義務の点が問題となります。

解説1 労災保険の適用の条件

入社前の研修中の事故に対して(拙著「実務労働法講義(民事法研究会・平22)」下巻940頁以下参照)、行政解釈は、研修生が労基法9条の「労働者」に当たるかどうかという観点から、次のような態度を示しています。

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まず、造船会社で実習中の商船学校の生徒について、就業規則の適用や手当の支給などから労災保険の適用を認め(昭23.1.15基発49号)、次に、個人開業医の看護婦見習い(昭24.4.13基発886号)や、准看護婦養成所の生徒の実習生(昭24.6.24基発648号)やその生徒の委託医療機関での実習についても(昭40.1.14基収8846号)、一般の看護婦の労働とが明確に区分されていることなどがない限り、原則として労災保険の適用があるとしています。ところが、その後工学部などの学生が工場実習する場合につき、大学などの教育目的で、教育機関から委託費が支払われ、実習内容も教育機関での実習規程等により、支給される実習手当も一般労働者の賃金や最低賃金と比較して低く、実費補助ないし恩恵的な納付であると認められる場合、交通費などが支給されていても、労災保険の適用はない、とされています(昭57.2.19基発121)。

また、労働省(当時)の非公式なコメントによれば(平3.3.25付日経新聞LAW&TAX)、労働省(当時)の入社前研修中の事故についての態度はさらに厳格なようです。入社前研修中の手当について賃金として支払われたかは「厳密に判断する必要がある」とされ、自由参加のマナーや経済講演などのいわゆる一般教養の座学研修などの場合は、その手当についても「恩恵的に支払われたものとの解釈もできる」(同)とされています。しかも、入社前の研修開始日を仮採用として位置付けているケースに対してさえ「正式な労働契約締結前の研修であればやはり認定は難しい」としています。

結局、例外的に入社前研修に労災保険の適用を認め得るのは、「研修という名目のもとに、入社前からアルバイトの形で実際に業務を手掛けている場合」、例えば、製造業などで実際に工場に出て作業している最中に発生した事故の場合とされています。この見解では、労災適用が認められるのは、結局、(1)研修生に支払われる賃金が一般の労働者並みの賃金であり、少なくとも最賃法の規定を上回っていること、(2)実際の研修内容が、本来業務の遂行を含む研修期間中であり、(3)それらが使用者の指揮命令の下に契約上の義務として支払われているものであること、の3つの事実がある場合に限られるようです。これでは本採用された労働者に対する判断との比較では厳格に過ぎて整合性を欠くと言わざるを得ず疑問があります。しかし、実務的対応としては厚労省の態度に留意すべきです。

解説2 安全配慮義務にも注意

また、入社前研修中においては、労働契約関係があれば、受入れ企業は、研修参加者に対して労契法5条の安全配慮義務(セクハラやパワハラ防止の職場環境調整義務を含む)を負います。しかし、労働契約関係がなくても、自衛隊車両整備工場事件(最三小判昭50.2.25民集29巻2号143頁)の安全配慮義務は、「ある法律関係に基づいて、特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として」「信義則上負う義務」として一般的に認められるべきものと判示します。そこで、通勤途上の事故は別として、研修施設などの企業内の事故に対しては、労災保険の適用の有無にかかわらず、労契法5条を適用または類推適用して、企業が研修生に対し安全配慮義務を負うことは避けられず、事故への過失が認められれば損害賠償の責任が発生することとなることに要注意です。

そのため、研修参加者に対し同様の義務を負うことに留意し、会社が傷害損害賠償保険等に加入させたうえで受け入れることが必要です。

解説3 対応策

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本質問の場合、厚労省の判断基準によれば、少なくとも実習段階に入った時点以降はA社と研修生との間に労基法上の労働契約関係があったと考えられるでしょう。したがって、労災保険の適用については、Bの場合には(法理論的には疑問がありますが)難しいとの実務的対応となりますが、Cの場合は適用があると考えてよいでしょう。

次に、損害賠償の問題に関しては、Bのような通勤途上災害について使用者の賠償責任が問題となるのは、本採用後の場合でも、その交通機関が使用者の提供したバスなどの場合に限られ、そのような事情にない限り、Bに対するA社の責任はありません。Cの場合は、接触防止措置義務の違反などがある場合にはA社の安全配慮義務違反は免れないので、Cの過失相殺や保険給付の控除は別として、誠意をもって損害賠償に応じて処理するべきです。


解説4 予防策

入社前研修を実施する企業としては、事故の可能性(リスク)を考慮して、どの程度の研修を実施すべきかを決定しなければなりません。完全にリスクを回避したいのであれば、研修をしないか、文字通り一般教養研修にとどめるべきです。しかし、4月からの即戦力を期待したり、後述Q2等の本採用前の選別のための主要な方法として位置付けたりする場合は、積極的にアルバイト労働契約書を結び、賃金を支払って、労災保険の適用を求め(雇用者数の中に入れ保険料も納付)、さらに、上積み補償に対応するための損害保険加入をなすべきです。特に労災の認定が得られない場合に備えて、労災認定の有無にかかわらず支給される損害保険会社の傷害保険や生命保険などへの加入が検討されるべきでしょう。

  • 1ページ:新人研修・従業員研修にまつわる問題とは
  • 2ページ:入社前研修中の事故と損害賠償責任のケース
  • 3ページ:研修不参加を理由とする内定取消しのケース

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